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【雑記】「自分の力で稼いでいる」という感覚は自分には無い
「富裕層に公正な課税を」という政治主張に対して「社会主義者は他人がせっかく自分の力で稼いだ金を税として取ろうとする」という批判が為されることがあります。 なるほど、そのように見られているのか、そして現在の日本社会ではむしろそのように捉えている人が多いのか、ということは感じつつも、ここでは僕自身の感覚の話を書かせていただきたいと思います。 結論から申し上げますと、僕は自分の仕事について「自分の力で稼いでいる」という感覚は年々消滅しつつあります。いや、別に当初から「自分の力で稼いでいる」なんて考えは持っていませんでしたから、むしろこの考えに対する反感が自分の中で年々増しつつあると言った方が正確かもしれません。 まず、音楽家などという肩書きを僕は名乗っていますが、僕は富裕層や現代の擬似貴族などに召し抱えられているわけではありません。僕の仕事先の大半は音楽に興味を持つ一般音楽愛好家です。合唱をやりたい人たちのために伴奏を務めソルフェージュを教え、音楽理論を学びたい人たちのために和声を教え、音楽を聴きたい人たちのために演奏会や試演会を企画開催します。

Satoshi Enomoto
2月14日読了時間: 4分


【YouTube更新】グリーグ《Ave maris stella》オルガン独奏
Grieg《Ave maris stella》 Organ: Satoshi Enomoto グリーグの《Ave maris stella》はラテン語の無伴奏合唱作品として知られていますが、元は1893年に歌とピアノという編成で、デンマーク語の歌詞で書かれた歌曲であったようです。1898年に無伴奏合唱編曲され、歌詞もラテン語に変わりました。 今月22日の Harmonia Suavisの演奏会 では、オルガン伴奏による斉唱でお届けします。そのようなわけでして、今回アップした動画では先行してオルガン独奏版としました。 昨年末からオルガンを練習し始めまして、音作りや操作方法など、なんとなく慣れてきたところではあります。なるほど、このオルガンという楽器は原始的なシンセサイザーかもしれません。ピアニストの友人たちがハマるのにも納得がいきました。ピアノの方にも感覚を生かせればよいなと個人的には思っております。

Satoshi Enomoto
2月10日読了時間: 1分


【学習記録】憲法は権力を制限するためのもの【日本国憲法】
僕は何ら憲法の専門家ではありません。一般の方々と同じように中学校の公民や高校の現代社会の授業で憲法のことを学びました。音大で教職課程を履修していたので、日本国憲法が必修だったというところだけが特殊です。 そうは言っても日本国憲法を取ったのは学部の一年生の時、あとは教員採用試験のために掘り起こしていた程度です。それでも今のような時勢においては、その復習に取り組むのも何かしら役に立つかもしれません。折角なので、書いて憶える(タブレットでの手書き入力です)のも兼ねて榎本が学び直したことをブログに残しておきたいと思います。シリーズ予定。 過去、歴史上には専制主義が蔓延りました。国家の統治が特定の支配者・権力者の手によって行われたわけですね。これを「人の支配」と呼びます。君主の支配権は神から授かったものとする考え方、即ち「王権神授説」も絶対王政を支えました。 これに対し、権力者の支配から国民の権利を守るために、権力を憲法によって制限するという「法の支配」たる考え方が立憲主義です。憲法を中心にして社会を組み立てるということ自体が字面の意味ではありますが

Satoshi Enomoto
2月5日読了時間: 3分


【雑記】優里《ベテルギウス》の冒頭の歌詞は特におかしくはないと思う
空にある何かを見つめてたら それは星だって君がおしえてくれた 優里《ベテルギウス》より …この歌詞が「おかしい」という話を時々目にします。曰く、「空にある星を見てそれが星だと判らない奴がいるか」「星を知らんのか」「見ればわかるものを教えにくるのか」などと、散々な言われようです。 SNSなどでは専らこのことを揶揄する投稿がインプレッションを荒稼ぎし、他の媒体でも「星を知らない状況とは?」などという面白半分のネタ考察が為される始末であり、これは流石にこの曲が浮かばれんな…と他人事ながらに思うところです。 いや、先日これを合唱編曲しましたので、本心的にはあまり他人事でもありませんでした。編曲作業をする上でこの曲を何度も聴いたり取コピしてピアノで弾き歌いしたりしていたのでありまして、その中での自分の感覚では、件の歌詞は捉え方によっては全くおかしなことは無いと言えるものであると考えています。 作者本人がそう言っているわけではなく、榎本個人の感覚でどのように捉えているかをダラダラと書きたいと思います。 そもそも、歌詞は小説を読むのと同じように読めば

Satoshi Enomoto
1月31日読了時間: 4分


【雑記】クラシック音楽からの多文化共生
ネゼ=セガンが指揮した今年のウィーンフィル・ニューイヤーコンサート2026はまだ記憶に新しいでしょうか。ヨハン・シュトラウスⅡ世の《インディゴと40人の盗賊》序曲、《エジプト行進曲》(中東)、ヨーゼフ・ランナーの《マラプー・ギャロップ》(インド)、フローレンス・プライスの《レインボー・ワルツ》(アフリカ)など、ヨーロッパの外を題材にもつ作品が比較的多く演奏されました。 恐らく一般に知名度の高いクラシックの作品の中でも、欧米の外の文化や音楽から題材や印象を採ったであろう作品がいくらか思い浮かぶかもしれません。それは好奇心の対象にすぎなかった場合もあるでしょうし、例えば日本を題材とする欧米のクラシック音楽作品があったからといって「日本は凄いんだ」などと考えるのは自惚れに基づく早計ですが、好奇心にせよ憧れにせよ、あまり考えたくはないですが文化盗用にせよ、それら「欧米の外」から来た要素は確かにクラシック音楽の中に混ざり、その音楽の多様性に寄与したことでしょう。 歴史を振り返ってみれば、流石にアジアは地理的に遠かったにしても、クラシック音楽とその源流た

Satoshi Enomoto
1月30日読了時間: 5分


【雑記】生成AIが描く「崩れた文字」が気持ち悪くてしょうがない
最近目にするのですが、「生成AIが作ったと思われる広告宣伝画像の中の文字(特に漢字)の形状がおかしなことになっているのが放置されたまま世に出回っていることについて大変な気持ちの悪さを感じています。それこそ普通の宣伝広告から、ネット上のバズりに力を入れる政党の支持者たちが他の政党を攻撃する目的で量産する逞造の画像や漫画調の画像まで、種類は様々です。 なるほど、最近の生成AIは文字を取り込んで出力することができるようになりつつあるのだなと思う一方、それでもたまに異形の文字が紛れ込んでいるのが目に入ります。この現象のおかげで生成AIによる画像であると区別が付くことにもなります。漢字を自力で勉強しておくことの新たなメリットでしょうかね。 しかし、僕が生成AIの描く崩れた文字に対して抱く嫌悪は、別に「字をきれいに正しく書きましょう」などという小学校の先生のような観点から来るものではありません。 まず第一には、その字の崩れ方が人間的なミスのようなものではないという点が挙げられます。日本人だって殆どの人々は当然のように漢字を書き間違えることがあるわけです

Satoshi Enomoto
1月27日読了時間: 4分


【言語】超ざっくりイタリア語発音(正確なものは他所で習ってください)
先日、イタリア語で歌う仕事を受けました。 ピアニストなのに。 正直な話、言語としてのイタリア語は殆ど喋れません。一般人が知っているレベルの単語や会話文しか知りません。ただ、高校の音楽の授業でイタリア語の歌曲はいくらか習いましたし、大学でも副科声楽で2年間イタリア歌曲を学びました。これらによって、自力で喋れない・辞書を引かなければ意味も分からないながらに、イタリア語の単語や文字列の発音だけは知っているという歪な状態を維持しています。 そんな状態の榎本ですので、本来他人にイタリア語の発音なぞ教えられたものではないのですが、完全にローマ字読みというわけではないこと、英語の読みとも異なることなどだけでも把握して興味を持っていただくべく、高校音楽の教科書レベルのイタリア語発音知識をここにまとめておきたいと思います。本当にイタリア語を頑張りたい方はこんなブログ読んでいないでさっさと専門の方に習ってください。 なお、これは方々で言っているTipsですが、高校1年生の音楽の教科書にはイタリア語・ドイツ語・フランス語のざっくりした発音解説が載っています。この

Satoshi Enomoto
1月26日読了時間: 4分


【雑記】集団で音楽をする時の曲目に対する思いはそれぞれでよいはず
来月のHarmonia Suavisの本番に向けて、そろそろ宣伝も本格的に動かさねばと考えているこの頃です。その宣伝にあたって、参加してくださっている方から「どんな風に宣伝してほしい、どんな文言を入れてほしいなどの希望はありますか?」と質問されたので「お好きなようにやってください」と返したのでした。 今回の記事はそこから考えた話です。 合唱や合奏など、複数人で演奏をする際に、その音楽作品についての共通認識・共通理解は、確かにある程度は必要でしょう。表現に大きな齟齬が生じるようでは流石にまずいでしょうから、やはり最低限の方向性は打ち合わせして合意しておく必要があります。そこから繋がって、宣伝などの時に合唱や合奏のメンバーがその音楽的合意内容をPRに組み込んでくれること自体は、企画運営側からすれば大変ありがたいことではあります。 一方で、せっかく様々な人々が合唱や合奏には集っているわけですから、各々が日々の練習、音楽作品への探究を通して、何を感じたり何を考えたり何を願ったりしているのかということにも興味があります。企画運営や指導者が何も言ってい

Satoshi Enomoto
1月21日読了時間: 3分


【YouTubeコラボ】のらクラシック部『40パートある合唱曲の楽譜を持ってきてもらった』
前回のコラボ動画の撮影時には、「初心者におすすめ」とは言えないであろう合唱曲の楽譜も持参していました。なにせのらクラシック部のこと、何かしら別の動画のネタにもしてもらえるであろうと榎本は考えまして、ダンボールを加工してケースを作って雨の中この巨大な楽譜を運んだのでした。 さて、その楽譜とは既にサムネイルに見えている通り、トマス・タリスの《Spem In Alium》です。通称「40声のモテット」のまさにスコアです。5声×8群という規模をもちまして、そのへんのオーケストラのスコアよりも段数の多い楽譜となっています。 一般における知名度は低いかもしれませんが、ルネサンス音楽に手を出したことがある人ならばいずれかのタイミングで存在を知ることになる作品であると言えるでしょう。流石に演奏経験者ともなると稀でしょうけれども、知っている人は知っているという立ち位置にあります。 僕自身は特にルネサンスに詳しいということもなく解説もできず、今回の動画は「巨大合唱曲の楽譜を見て/音楽を聴いてのリアクション動画」のようなものになっています。 動画の中では言わな

Satoshi Enomoto
1月19日読了時間: 2分


【雑記】2026年もよろしくお願いします
昨年中は大変お世話になりました。 本年もどうぞよろしくお願い致します。 榎本智史

Satoshi Enomoto
2026年1月1日読了時間: 1分


【雑記】2025年の振り返り、来年の予定など
【2025年演奏した作品】 (主なもの。弾いたもの、歌ったもの混在) 武満徹《明日ハ晴レカナ曇リカナ》 面川倫一《自戒》より〈むじゅん〉 ドビュッシー《版画》 リリ・ブーランジェ《明るい庭園にて》 サティ《"星たちの息子"からの3つの前奏曲》 サティ《世紀ごとの時間と瞬間の時間》 サティ《最後から2番目の思想》 ラヴェル《水の戯れ》 ラヴェル《ソナチネ》 ラヴェル《亡き王女のためのパヴァーヌ》 間宮芳生《合唱のためのエチュード》よりⅣ、Ⅵ、Ⅷ 幸田延《ヴァイオリンソナタ ニ短調》 ながはな『飲酒の歌2 おもしろ』 アイスラー《統一戦線の歌》 ベルク《4つの歌曲》Op.2 信長貴富『等圧線』 シサスク《星の組曲第2集"ベツレヘムの星カペラ"》 ラウタヴァーラ《ピアノソナタ第1番"キリストと漁夫"》 ラウタヴァーラ《ピアノソナタ第2番"火の説法"》 ペルト《アリーナのために》 ペルト《アリヌーシュカの快復のための変奏曲》 メラルティン《ピアノソナタ第1番"黙示録幻想"》 J.S.バッハ=メラルティン編《Ich halte treulich still

Satoshi Enomoto
2025年12月30日読了時間: 6分


【雑記】耳を欹てて音楽を味わうこと
自分が面と向かって言われたわけではないものの、「クラシックのコンサートに行かない理由」を書いている人を見かけまして、その内容に反論したいと思うところがあったので今回の記事を書きます。 榎本はクラシック側の人間ですし、今回取り上げた意見に対峙する際に「自分の価値観もやはりクラシック側ではあるな」と再認識したところでもあります。クラシック音楽を代表するつもりも立場もありませんが、それはそれとして個人的に助走をつけて反論しますのでお覚悟を。 まず、冒頭に述べた「クラシックのコンサートに行かない理由」として挙がっていた内容を要約すると以下のようなものでした。 ① 電気的な音量の増幅が無い(PAを使わない)ので音が聴こえにくい。 ② 演奏中に雑談をしたり雑音を立てると注意される。観賞マナーが厳しい。 ③ 飲食しながら観賞できる機会が少ない。 ④ これらの要求をしてもクラシックの音楽家たちが従わない。 …僕の記事の読者の中には、これらの意見に対して既に憤慨した方もいらっしゃるとは思いますが、怒りに任せてこれらの意見を投げ捨てるよりも懇切丁寧に批判してや

Satoshi Enomoto
2025年11月7日読了時間: 8分


【音楽理論】楽語の意味を元になった言語としての意味に求めてよいのだろうか
楽譜を読む時、様々な楽語が目に入ってくることでしょう。それらの楽語の意味を知るために、我々はまず楽語辞典を引くことになります。検索エンジンで調べる方もいらっしゃるでしょう。出てくる情報の多少の差はあれど、概ね共通した「楽語の意味」には辿り着けることと思います。 ここで好奇心の強い方は、その楽語の元となっている言語上の意味についても調べようとするかもしれません。楽譜上の言葉の多くはイタリア語ですが、ドイツ語やフランス語などもあるでしょう。楽語についての辞書ではなく、言語についての辞書も引くことになるわけです。 言語としての元の意味を知ることによって「だから楽語としてはこのような意味になるのか」と納得できる場面も多々あると想像されます。それ自体は学びとして結構なことです。 ところが、問題提起はここからです。果たして 楽語の意味は言語の意味と本当に同じでしょうか? 「言語の意味から楽語の意味が導き出されているのだから、意味が異なるわけがないのでは?」と思われるかもしれません。しかし、楽譜における楽語の用いられ方は、会話や文章における言語の用いら

Satoshi Enomoto
2025年10月31日読了時間: 7分


【名曲紹介】《4分33秒》だけじゃない、勝手にケージ入門楽曲5選+α
ジョン・ケージ(John Cage, 1912-1992)の名前は恐らく《4分33秒》と共に知られているでしょう。「無音の音楽」として既にご存じの方も多かろうと思われますから、もう驚くほどのものではないでしょう。むしろ、 面白可笑しく「演奏してみました(何もしない)」などというポーズを取る人が定期的に現れるのを見るのにはそろそろ飽きてきました 。 まあそれだけならどうということは無いのですが、この《4分33秒》だけが独り歩きして世間一般におけるケージのイメージが「無音」になるということは、ケージの音楽における恣意的な部分を好んでいる僕にとってはあまり快いものではありません。あろうことか、方々のカフェやバーなどで僕がケージの小品を弾くと決まって、しかも普段ピアノを弾いている人からさえ「これもケージの作品なんだ~!」などと驚かれるものです。 そこで特にケージの専門家などではない榎本が愛聴している作品を独断と偏見において選び、頼まれてもいないのに薦める記事をここに書く次第であります。僕はケージを研究しているわけではないので迂闊に専門的なことには言及

Satoshi Enomoto
2025年10月22日読了時間: 6分


【雑記】フライング拍手・フライングブラヴォーを撲滅せよ
記事タイトルの通り、これらに関して僕はフライング拍手・フライングブラヴォー完全否定派です。自分の演奏に関してはそもそも聴きに来る方々が良心的である場合が多いので(そりゃあこんな奇妙なプログラムをわざわざ聴きに来てくれるのだから)、フライングでこれらが飛んだことは今までにありませんが、しかし自分が聴く側でいる時に同じ客席から飛び出したこれらの被害に遭ったことは何度もあります。 自分の経験した中で特に許せなかった例を挙げるとすれば、ミューザ川崎でシェーンベルク《グレの歌》を聴いた時でしょうか。大編成の合唱とオケから放たれる大音響の残響がまだ全然残っている内にフライング拍手もフライングブラヴォーも起きたのですから、どんなに不快であったかは想像していただければと思います。ジョナサン・ノットはまだ手を下ろしていませんでした。フライングで拍手やブラヴォーを飛ばす人々はいかにもコンサート馴れしているような素振りをしつつも、指揮の見方は知らないようです。 演奏者側からすると、どんなに早く拍手やブラヴォーが起こったとしても、それが音楽を全部味わい切った直後のも

Satoshi Enomoto
2025年10月17日読了時間: 6分
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