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【名曲紹介】《4分33秒》だけじゃない、勝手にケージ入門楽曲5選+α

  • 執筆者の写真: Satoshi Enomoto
    Satoshi Enomoto
  • 14 分前
  • 読了時間: 6分

 ジョン・ケージ(John Cage, 1912-1992)の名前は恐らく《4分33秒》と共に知られているでしょう。「無音の音楽」として既にご存じの方も多かろうと思われますから、もう驚くほどのものではないでしょう。むしろ、面白可笑しく「演奏してみました(何もしない)」などというポーズを取る人が定期的に現れるのを見るのにはそろそろ飽きてきました


 まあそれだけならどうということは無いのですが、この《4分33秒》だけが独り歩きして世間一般におけるケージのイメージが「無音」になるということは、ケージの音楽における恣意的な部分を好んでいる僕にとってはあまり快いものではありません。あろうことか、方々のカフェやバーなどで僕がケージの小品を弾くと決まって、しかも普段ピアノを弾いている人からさえ「これもケージの作品なんだ~!」などと驚かれるものです。


 そこで特にケージの専門家などではない榎本が愛聴している作品を独断と偏見において選び、頼まれてもいないのに薦める記事をここに書く次第であります。僕はケージを研究しているわけではないので迂闊に専門的なことには言及せず、ただの一聴き手視点で「ケージにはこんなに素敵な曲もあるんだよ!」と書くだけに止めます。榎本の趣味嗜好に全振りしますので、「あの曲が無いじゃないか!」と思った方はぜひご自身の手元で紹介をお願いします。



《Sonatas and Interludes》

for Prepared Piano, 1946-1948


 ピアノの弦に様々な物体を挟むことによって物理的に音を変質させ、それらの音を用いて音楽を作ります(プリペアド・ピアノ)。16のソナタ(古典のそれではない)と4つの間奏曲から構成されています。


 確かに所謂普通のピアノの音とは異なる音色の音が様々聴こえてきますので、初めてこの曲に接した時に多少の驚きはあるものでしょう。「ピアノの弦に様々な物体を挟んで~」という操作も奇抜に見えるかもしれません。しかし実際の聴取の上では、どこか民族音楽的風味を感じさせる活気のあるリズムや、元のピアノの音色と変質した音色が織りなす抒情性を味わえることと思います。


 ソナタ5番あたりが頻繁に紹介されますが、榎本が好きなのはソナタ12番です。比較的元のピアノの音色の分量が多い曲ですけれども、大変に抒情的な音楽となっております。


 自分の演奏ではないのですが、横山博さんの演奏した動画を載せておきます。



横山博 公式ウェブサイト/ https://www.hiroshiyokoyama.com


 ケージのプリペアド・ピアノの作品は他にも色々とあるものの、やはりこの《ソナタとインターリュード》が聴きやすいものの筆頭ではないかと勝手に思っています。



《In a Landscape》

for Piano or Harp, 1948


 こちらは弦に異物を挟まない普通のピアノで演奏される作品(本来はダンスのための音楽)です。ペダル及びソフトペダルは最後まで踏みっぱなしになります。一応ハープでも演奏できるのですが、この曲のハープでの演奏を僕は生で見たことはありませんし、今のところピアノによる演奏の方が好みです。


 主音をDとする自然短音階とドリア旋法を行き来するような音組織をしていて、ところによっては和風っぽく感じるところもあるかもしれません。ケージ本人の意思には沿わないかもしれないのですが、ケージの「癒しの音楽」枠であると思います。榎本は高校生の時にはこの曲か《Dream》(1948)を聴きながら夜入眠していました。


 こちらも横山博さんの演奏を載せておきます。僕も何度か本番で弾いてはいるものの、ろくに録音録画を録っていないもので…



 ついでに《Dream》も大変美しい曲ですので併せて聴くことをオススメします。



《String Quartet in Four Parts》

for String Quartet, 1949-1950


 「ケージが弦楽四重奏曲を書くの!?」と思う方もいらっしゃるでしょう。僕もそれを情報として知った時には少し驚きました。まあまあ、きっと特殊奏法マシマシの奇怪な弦楽四重奏曲なんじゃないの、と思っていたのです。


 実際に聴いてみると、流石に「古典的」とまでは言わないものの、冒頭まもなくあからさまな三和音が鳴って思わずずっこけること必至です。書法を喩えて言うならば絶妙に調性寄り・メロディらしいメロディ多めのヴェーベルン…でしょうか。4楽章構成の中でも特定の和音が鳴り続けており、ヴェーベルンとミニマル・ミュージックの間の音楽という感覚もあります。


 特筆すべきは第4楽章のクオドリベットでして、これがもう「新古典派がバロックを模して書いた組曲の中の一つの楽章です」と紹介されたらあっさり信じそうになる音楽です。本当に終結の部分で現れる装飾音など民族舞踊のそれかとさえ思います。この楽章だけ抜粋で聴かされたら、作曲者がケージであると看破できる自身がありません。


 ついでにこの弦楽四重奏と同じ年に書かれたヴァイオリンとピアノのための《Six Melodies》(1950)も同じような温かみを感じるミニマル風な作品であるということを紹介しておきます。



《A Flower》

for Voice and Closed Piano, 1950


 具体的な歌詞は無く、'uh'や'wah'などでシンプルかつ原始的なメロディを歌う歌曲です(本来はダンスのための音楽)。しかもピアノは鍵盤の蓋を閉じ、そこを叩いて発生する音によって伴奏(伴奏という位置ではないような…)を担います。ピアノ弾き語り(叩き語り?)で演奏されることもあるようです。静謐な中に声と打音が木霊するという不思議な空間が立ち上ります。


 同じ編成で有名な曲に《The Wonderful Widow of Eighteen Springs》(1942)がありまして、こちらは歌詞もあり、ピアノの打音も活気があるものとなっていますが、個人的には《A Flower》の方が落ち着いて聴けるので好みです。



《Souvenir》

for Organ, 1983


 ついついセレクトが1950年前後に偏ったので、バランスを取るために後年の作品から1曲。ケージがオルガンのための曲を書いているという意味でも珍しさがあるでしょうか。


 オルガニスト組合からの委嘱で書かれた作品で、リクエストとして「《Dream》みたいな曲書いてよ」と言われたので抒情的な感じの音楽になったようです。よく聴くと似たようなメロディもありますね。ただピアノと違ってオルガンの持続音に身を委ねる感覚を味わうことはできるかもしれません。


 個人的にはこれを流しながら眠ると世界終焉っぽい気分になるので、《In a Landscape》《Dream》と同じ扱いにはしていないのですけれどもね…



 ケージの好きな曲の中で「これは聴きやすい曲としてオススメできるかも」と日頃思っているものについて一方的に好き勝手に紹介しただけの文章ですので、これを読んだ皆様が何をどう聴くかは僕の知るところではありません。しかし願わくば、「ケージってそんなに変じゃないな?」くらいには思っていただけたのであれば正直僕の狙いは達成されたようなものです。


 《4分33秒》のインパクトだけに振り回されていては、先入観でケージの音楽を見誤るかもしれませんよ。

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