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【雑記】音楽書の読書会をやってみたい
既に開催しているところもあるのかもしれないとは思うのですけれども、自分の手元で「音楽書の読書会」をやってみたいという意欲が湧いているところです。 音楽関連書籍は数あれど、ぜひ少しでも読んでおきたい特定の音楽書があるにはあります。理解難易度はそれぞれなので「重要なはずなのは分かっているんだけど理解が追いつかん」みたいなこともたまにはありますね。正直に言えば僕自身もそのように感じている書籍がいくつかあります。 自分一人の力で読んで理解するにはハードルが高い…というならば、他の人も集まってお互いに知恵を借りつつ読み進めるやり方はむしろアリなのではとも思うところです。皆で確認しながら読み進められるので誤読や挫折のリスクを減らせるでしょう。何より、分からないところを周りに聞けます。 それこそ、音楽書と言えど内容は必ずしも音楽だけの知識の範囲内で読み解けるとは限りません。延々と算数を考えねばならないものもあるでしょうし、物理や世界史、哲学の知識が必要になる可能性もあります。そのような意味では、音楽書の読書会と言いつつも、音楽以外の専門をもっている方々も
Satoshi Enomoto
3月18日読了時間: 3分


【雑記】新年度からのレッスン構想『もういちど学ぶ中学・高校音楽』
僕の扱っている音楽が世間目線でキワモノっぽいからなのかどうかは判らないのですが、僕の活動の中での「レッスン(指導活動)」はどちらかと言うと悪い意味で特殊な状況を呈しています。具体的には、僕のところにレッスンを頼みにくる方はいくつかのパターンに分かれます。 ①とても長く定期的に通ってくれる方(今や榎本の出す課題にも耐性が付いた) ②不定期的にレッスンを受けに来る方(20世紀~21世紀の作品を弾く時だけ助言を求めに来る) ③かなり早い段階で離れる方 ④レッスン前の日程調整段階で何故か音沙汰が消える方(これがまた1件2件どころではない) ④は一体どういうことだよと一応思ってはいるわけですが、まあそうなったものはそうなったので仕方無いのでしょう。概ね「超長く続く」か「短く途切れる」かのどちらかでして、恐らく同世代の「レッスンもする演奏家」の中では結果的にレッスン比重がだいぶ少ないパターンになっていることを自覚しています。 とりあえずレッスンはピアノと和声法を中心にしつつ、合唱団相手にはソルフェージュ、あとは頼まれたら音楽史もレッスンしなくもないですよ
Satoshi Enomoto
3月15日読了時間: 4分


【雑記】過去の作品や演奏は先行研究であるのだろう
戸塚で活動中のシニア合唱団・コール柏桜の伴奏にここ数年ずっと行っているのですが、そこの指揮者の先生(同じ高校のOBでもある)から100冊ほど古めの楽譜をいただきました。捨てるのは躊躇われると先生が言っていたのを聞いて即決で「じゃあ貰います!」と手を挙げた結果です。 世間の楽譜コレクターには及びませんが、演奏会を企画するにあたって参照したり、実際に演奏したり、あるいは楽曲分析や音楽史のレクチャーに使用したりするために日頃からアンテナを巡らせています。最近は学生時代のように大量に買うことは無くなりましたが、今でもふとした拍子に「昔欲しかったけれど買う機会を逃してしまった作品」の楽譜に出会えたりはします。 手元で図書館・博物館まがいのことをしていたいという思いもあるといえばあると自覚しています。蒐集したこれらの楽譜は「演奏やレッスンのためのツール」であると同時に、先人たちの音楽そのものについての先行研究の結果物であるとも考えています。 僕は基本的には演奏家ですが、時々作曲も行います。古い楽譜の数々を見ると、先人たちがどのように考えてどのような音楽
Satoshi Enomoto
3月11日読了時間: 3分


【雑記】「自分の力で稼いでいる」という感覚は自分には無い
「富裕層に公正な課税を」という政治主張に対して「社会主義者は他人がせっかく自分の力で稼いだ金を税として取ろうとする」という批判が為されることがあります。 なるほど、そのように見られているのか、そして現在の日本社会ではむしろそのように捉えている人が多いのか、ということは感じつつも、ここでは僕自身の感覚の話を書かせていただきたいと思います。 結論から申し上げますと、僕は自分の仕事について「自分の力で稼いでいる」という感覚は年々消滅しつつあります。いや、別に当初から「自分の力で稼いでいる」なんて考えは持っていませんでしたから、むしろこの考えに対する反感が自分の中で年々増しつつあると言った方が正確かもしれません。 まず、音楽家などという肩書きを僕は名乗っていますが、僕は富裕層や現代の擬似貴族などに召し抱えられているわけではありません。僕の仕事先の大半は音楽に興味を持つ一般音楽愛好家です。合唱をやりたい人たちのために伴奏を務めソルフェージュを教え、音楽理論を学びたい人たちのために和声を教え、音楽を聴きたい人たちのために演奏会や試演会を企画開催します。
Satoshi Enomoto
2月14日読了時間: 4分


【YouTube更新】グリーグ《Ave maris stella》オルガン独奏
Grieg《Ave maris stella》 Organ: Satoshi Enomoto グリーグの《Ave maris stella》はラテン語の無伴奏合唱作品として知られていますが、元は1893年に歌とピアノという編成で、デンマーク語の歌詞で書かれた歌曲であったようです。1898年に無伴奏合唱編曲され、歌詞もラテン語に変わりました。 今月22日の Harmonia Suavisの演奏会 では、オルガン伴奏による斉唱でお届けします。そのようなわけでして、今回アップした動画では先行してオルガン独奏版としました。 昨年末からオルガンを練習し始めまして、音作りや操作方法など、なんとなく慣れてきたところではあります。なるほど、このオルガンという楽器は原始的なシンセサイザーかもしれません。ピアニストの友人たちがハマるのにも納得がいきました。ピアノの方にも感覚を生かせればよいなと個人的には思っております。
Satoshi Enomoto
2月10日読了時間: 1分


【学習記録】憲法は権力を制限するためのもの【日本国憲法】
僕は何ら憲法の専門家ではありません。一般の方々と同じように中学校の公民や高校の現代社会の授業で憲法のことを学びました。音大で教職課程を履修していたので、日本国憲法が必修だったというところだけが特殊です。 そうは言っても日本国憲法を取ったのは学部の一年生の時、あとは教員採用試験のために掘り起こしていた程度です。それでも今のような時勢においては、その復習に取り組むのも何かしら役に立つかもしれません。折角なので、書いて憶える(タブレットでの手書き入力です)のも兼ねて榎本が学び直したことをブログに残しておきたいと思います。シリーズ予定。 過去、歴史上には専制主義が蔓延りました。国家の統治が特定の支配者・権力者の手によって行われたわけですね。これを「人の支配」と呼びます。君主の支配権は神から授かったものとする考え方、即ち「王権神授説」も絶対王政を支えました。 これに対し、権力者の支配から国民の権利を守るために、権力を憲法によって制限するという「法の支配」たる考え方が立憲主義です。憲法を中心にして社会を組み立てるということ自体が字面の意味ではありますが
Satoshi Enomoto
2月5日読了時間: 3分


【雑記】優里《ベテルギウス》の冒頭の歌詞は特におかしくはないと思う
空にある何かを見つめてたら それは星だって君がおしえてくれた 優里《ベテルギウス》より …この歌詞が「おかしい」という話を時々目にします。曰く、「空にある星を見てそれが星だと判らない奴がいるか」「星を知らんのか」「見ればわかるものを教えにくるのか」などと、散々な言われようです。 SNSなどでは専らこのことを揶揄する投稿がインプレッションを荒稼ぎし、他の媒体でも「星を知らない状況とは?」などという面白半分のネタ考察が為される始末であり、これは流石にこの曲が浮かばれんな…と他人事ながらに思うところです。 いや、先日これを合唱編曲しましたので、本心的にはあまり他人事でもありませんでした。編曲作業をする上でこの曲を何度も聴いたり取コピしてピアノで弾き歌いしたりしていたのでありまして、その中での自分の感覚では、件の歌詞は捉え方によっては全くおかしなことは無いと言えるものであると考えています。 作者本人がそう言っているわけではなく、榎本個人の感覚でどのように捉えているかをダラダラと書きたいと思います。 そもそも、歌詞は小説を読むのと同じように読めば
Satoshi Enomoto
1月31日読了時間: 4分


【雑記】クラシック音楽からの多文化共生
ネゼ=セガンが指揮した今年のウィーンフィル・ニューイヤーコンサート2026はまだ記憶に新しいでしょうか。ヨハン・シュトラウスⅡ世の《インディゴと40人の盗賊》序曲、《エジプト行進曲》(中東)、ヨーゼフ・ランナーの《マラプー・ギャロップ》(インド)、フローレンス・プライスの《レインボー・ワルツ》(アフリカ)など、ヨーロッパの外を題材にもつ作品が比較的多く演奏されました。 恐らく一般に知名度の高いクラシックの作品の中でも、欧米の外の文化や音楽から題材や印象を採ったであろう作品がいくらか思い浮かぶかもしれません。それは好奇心の対象にすぎなかった場合もあるでしょうし、例えば日本を題材とする欧米のクラシック音楽作品があったからといって「日本は凄いんだ」などと考えるのは自惚れに基づく早計ですが、好奇心にせよ憧れにせよ、あまり考えたくはないですが文化盗用にせよ、それら「欧米の外」から来た要素は確かにクラシック音楽の中に混ざり、その音楽の多様性に寄与したことでしょう。 歴史を振り返ってみれば、流石にアジアは地理的に遠かったにしても、クラシック音楽とその源流た
Satoshi Enomoto
1月30日読了時間: 5分


【雑記】生成AIが描く「崩れた文字」が気持ち悪くてしょうがない
最近目にするのですが、「生成AIが作ったと思われる広告宣伝画像の中の文字(特に漢字)の形状がおかしなことになっているのが放置されたまま世に出回っていることについて大変な気持ちの悪さを感じています。それこそ普通の宣伝広告から、ネット上のバズりに力を入れる政党の支持者たちが他の政党を攻撃する目的で量産する逞造の画像や漫画調の画像まで、種類は様々です。 なるほど、最近の生成AIは文字を取り込んで出力することができるようになりつつあるのだなと思う一方、それでもたまに異形の文字が紛れ込んでいるのが目に入ります。この現象のおかげで生成AIによる画像であると区別が付くことにもなります。漢字を自力で勉強しておくことの新たなメリットでしょうかね。 しかし、僕が生成AIの描く崩れた文字に対して抱く嫌悪は、別に「字をきれいに正しく書きましょう」などという小学校の先生のような観点から来るものではありません。 まず第一には、その字の崩れ方が人間的なミスのようなものではないという点が挙げられます。日本人だって殆どの人々は当然のように漢字を書き間違えることがあるわけです
Satoshi Enomoto
1月27日読了時間: 4分
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