• Satoshi Enomoto

【演奏会告知】ウクライナを旅したラフマニノフ:及川音楽事務所サロンコンサート


 今回設定したプログラムは、どうしても政治的なものとして受け取られるかもしれません。それを悪いことであるとは思いませんし、僕自身の中で政治的な考えが全く無いわけではありません。政治は生活と切り離せないものでしょうし、また音楽も生活とは切り離せないものであると考えています。むしろ今だからこそ弾かねばならないと考えたプログラムと言ってもいいです。


 

2022年6月18日(土)

13:50開場 14:00開演

及川音楽事務所アーリーサマーサロンコンサート


会場 タカギクラヴィア松濤サロン

入場料 2,000円


予約申込

当ホームページCONTACTより


出演者

八筬まどか(ピアノ)

仲條ひかる(ピアノ)

榎本智史(ピアノ)

片桐充千子(ソプラノ)

篠田みのり(伴奏)


曲目(榎本)

ラフマニノフ『幻想的小品集』Op.3より《前奏曲》

リセンコ《3つのエスキース》

リセンコ《ドリア旋法のエスキース》

ラフマニノフ《ライラック》Op.21-5




 

 ロシアがウクライナに侵攻してからだいぶ経ちます。その中でウクライナ音楽への関心の高まりが見られた一方で、ロシア音楽は逆風に晒されていることでしょう。そのどちらをも取り上げたいと思い、今回のプログラムを組みました。ウクライナのリセンコとロシアのラフマニノフの作品です。


 正直なところ、僕は此度の戦争が起こるまで "ウクライナの作曲家" という括りにはほぼ無頓着でした。認識していたのはシルヴェストロフとカプースチンくらいのものです。しかし少し調べてみると、全然そんなイメージは無かったグリエールがキーウ出身、プロコフィエフがドネツィク出身、そしてアメリカに渡ったレオ・オーンスタインがクレメンチューク出身ときました。これはもう掘ってみるしかないわけです。


 そして大きく目に入った作曲家がいました。「ウクライナ近代音楽の父」と呼ばれたリセンコ(Mykola Lysenko, 1842-1912)その人であります。世代的にはチャイコフスキーと同じくらいですね。


リセンコ(1842-1912)

 ピアニストとしても活動し、ショパンの書法に影響を受けていることも指摘されますが、それよりも彼の特筆すべき点は民族音楽学者としてウクライナ民謡の収集を行ったことでしょう。彼の作品にはウクライナ民謡が素材として用いられていたり、そのままでなくとも民謡のエッセンスが入り込んでいます。


 人物としても、ウクライナにロシア音楽を浸透させようとするロシア帝国の方針に反抗しまして、もっぱらウクライナ語の詩にばかり曲を付け、チャイコフスキーが支援してリセンコのオペラを上演しようとした際にもウクライナ語上演にこだわったせいで計画が立ち消えになり、さらにはロシア第一革命に加担して投獄されたりと筋金入りのようです。


 今回演奏するリセンコの作品は、小規模なピアノ作品2作です。《3つのエスキース》《ドリア旋法のエスキース》ともに1900年の前後頃に書かれ、遺作として世に出た作品です。それぞれ短いながらも、ロマン派からの影響もウクライナの民謡からの影響も味わうことができる音楽となっております。


 

 一方、ロシア音楽が忌避される動きが特にヨーロッパの方では起こったように感じています。日本はそれほどでもないのでしょうが、やはりロシアやソ連が勝つ戦争を題材にした作品は演奏が自粛されることもあったようです。


 僕自身はと言えば、関わっている仕事に関連して地味に大きく生活に影響が出たので現ロシア政府に文句はあるといえばありますが、ロシアの音楽自体には恨みはありません。個別の作曲家についての愛着などの差はもちろんありますが、中には大事な作曲家もいます。


 その中でも最も僕が好きな作曲家こそがラフマニノフ(Sergei Rachmaninoff, 1873-1943)です。彼の存在を知ったことによって「作曲もできるピアニストになりたい!」などと中学生の時に思い立ったくらいです。大学でも《音の絵》の中の数曲や《ピアノ協奏曲第2番》などを死に物狂いになりながら弾きました。大きな体格と大きな手、長い指を活かした超絶技巧を武器にしていたピアニストなので、相応に演奏が難しい作曲家なのですが、その音楽は抒情に満ちています。


ラフマニノフ(1873-1943)

 「どうせロシアの作曲家をやるならウクライナにルーツを持つチャイコフスキーを弾いた方がいいんじゃないの?」などと思った方もいらっしゃるかもしれません。確かにそれでもよかったのですけれども、どちらかというとラフマニノフの境遇や姿勢に共感を重ねるところが個人的には多かったのでこのような選択をしました。


 実はラフマニノフの足跡が現ウクライナ内にも多々あります。代表作でもある『幻想的小品集』を書いた年の末にはハルキウへの演奏旅行を行って温かく迎えられ、またオペラ指揮者としてのデビューを果たしたのは自作の《アレコ》のキーウ初演でした。1900年のクリミア半島のヤルタに滞在した時にはチェーホフや病床のカリンニコフの元を訪れました。ラフマニノフはウクライナ民謡にも興味を示しており、編曲を行なったりもしていますし、その要素が作品にも反映されているようです。


 今回弾くのは『幻想的小品集』Op.3の第2曲《前奏曲》、自作歌曲の編曲である《ライラック》Op.21-5です。いずれも知名度も人気も高い作品ですが、この2作品の間には上記のウクライナでの体験の数々があります。ロシアの鐘の音から始まり、ウクライナの体験を経て「人生にはたったひとつの幸せがある/私はそれを見つけたい/その幸せはライラックの花の中にあるのだ」と歌うまでを描く構成を採ってみました。


 そしてもう一つ、ラフマニノフを選んだ理由があります。此度の戦争を受けてロシアを脱出したロシアの人々も少なくないということを聞いています。ラフマニノフは、1917年のロシア革命を受けてロシアを脱出し、最期までロシア(ソ連)に帰ることはありませんでした。ロシアの地を恋しいと思っていたのにもかかわらず、です。ロシアを出て行かざるを得なかった人々の姿とラフマニノフの姿がどうにも重なって見えるのです。


 自国を守ろうとするウクライナの人々、自国による侵攻に反対するロシアの人々、少しでも双方の力になりたいというのが、烏滸がましいながらも僕の意思です。音楽に塗られた戦争の泥を落とすために弾きます。


 

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