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【演奏会告知】榎本智史ピアノリサイタル『北欧ピアノ幻想』【2025.12.27】

  • 執筆者の写真: Satoshi Enomoto
    Satoshi Enomoto
  • 8月2日
  • 読了時間: 5分
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榎本智史ピアノリサイタル

北欧ピアノ幻想


2025年12月27日(土)

13:30開場 14:00開演

15:30終演予定


会場

武蔵小杉サロンホール

神奈川県川崎市中原区小杉町2-276-1

パークシティ武蔵小杉

ザガーデン タワーズイースト2階

昭和音楽大学附属音楽教室 武蔵小杉校 内

JR南武線「武蔵小杉」駅より徒歩


入場料

一般 3,000円

学生 2,000円

(学生の方は当日受付にて学生証をご提示ください)


曲目

シサスク

《星の組曲 第2集『ベツレヘムの星カペラ』》

ラウタヴァーラ

《ピアノソナタ第1番『キリストと漁夫』》

《ピアノソナタ第2番『火の説法』》

ペルト

《アリーナのために》

《アリヌーシュカの快復への変奏曲》

メラルティン

《ピアノソナタ第1番『黙示録幻想』》


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 2025年はヨハン・シュトラウスⅡ世の生誕200年やラヴェルの生誕150年にあたる年です。それに因んで今年の5月にはラヴェルをメインプログラムに据えたコンサートを行いましたし、またヨハン・シュトラウスⅡ世の作品のピアノ連弾編曲の楽譜をこれまでに4曲発売しました。


 ところで榎本にはもう一人、今年がアニヴァーサリー・イヤーにあたる気になる作曲家がいます。それこそが、ラヴェルと生年どころか没年まで同じメラルティン(Erkki Melartin, 1875-1937)です。


 メラルティンはフィンランドの作曲家の一人です。厳密には出身地はフィンランドとロシアの境にあるフィンランド大公国ヴィープリ州カキサルミ(現ロシア領レニングラード州プリオゼルスク)ですが、ヘルシンキ音楽院(現シベリウス音楽院)で教鞭を執りつつ活動していましたから、フィンランドのアカデミーの中枢にいた人物と言ってよいでしょう。10代のうちには心臓病による余命宣告まで受けながらもそれを乗り越え、音楽のみならず絵画や著述にも取り組み、神学への造詣も深かったという特異な作曲家でもありました。


 このメラルティンの名前を僕は最近知ったわけではありません。むしろ随分前に楽譜を買っていて、いつか弾きたいと思いつつずっと放置していたのでした。記念年が来ると知ったからこそ、この企画を昨年末から考えていました。


 まずはこの演奏会を行うそもそもの発端になったメラルティンの怪作とも呼ぶべき作品に言及せねばならないでしょう。メラルティンの《ピアノソナタ第1番『黙示録幻想』》Op.111は、僕が以前「様々な作曲家が書いたピアノソナタ」に興味を持って色々調べていた時期に、横浜の(みなとみらい移転前の)ヤマハで偶然見つけて楽譜を買っておいたものです。1993年に出版された第1版第1刷のものです。ピアノ作品としては《悲しみの園》の方が有名でしょうが、その時はこのソナタの方しか楽譜がありませんでした。


 《ピアノソナタ第1番》と銘打たれてはいるものの、メラルティンのピアノソナタはこの一曲のみであり、「第1番」というのは自筆譜にそのように書かれていたことに由来します。この自筆譜もまた長らく紛失していたもので、作曲年代も性格には明らかになっていないものの、「Op.111」と自筆楽譜にも書かれてはいるため1920年代末頃と推測されています。


 『黙示録幻想』の副題が示す黙示録は『ヨハネの黙示録』のことであると考えてよいでしょう。ただし楽譜中にテキストの形で黙示録が引用されているわけではありません。しかし一方で一般的なソナタ形式には殆ど依っておらず、切れ目無しに続けられる3部構成、演奏時間18分という特異な構造を採り、黙示録のシーンの描写が想像されるパッセージが多々現れます。


 全く調性が放棄されているわけではないものの、音階や和声の扱いはかなり自由度の高いものです。このソナタは19世紀ロマン派の文脈から辿り着いた作品であると同時に、その後の新しい音楽、特に北欧の新音楽への音楽語法への先鞭をつけるものであると思われます(このソナタ自体は知られていなかったでしょうが…)。したがって、このソナタと組み合わせるプログラムは同時代の作品に限る必要は無く、むしろメラルティン後の音楽を組み合わせてもそれらの繋がりを感じ取ることができるのではないかと考えました。その結果が、現代フィンランドのラウタヴァーラ(Einojuhani Rautavaara, 1928-2016)、現代エストニアのシサスク(Urmas Sisask, 1960-2022)とペルト(Arvo Pärt, 1935-)というプログラミングでした。それぞれの音楽語法には差異もあるものの、メラルティンの行ったような音使いとの共通点も聴き出せることと思います。


 シサスクの《星の組曲第2集『ベツレヘムの星カペラ』》は子供向けの作品ですが、モーダル・クラスターやミニマル、ハーモニクス、俗謡からの引用など現代ならではの音楽語法が体験できる組曲となっています。この日のプログラムのピアノ演奏法カタログのような役割を果たします。残念ながらシサスクは数年前に病気で亡くなってしまいましたが、亡くなる少し前に松下耕先生の依頼によって書かれた合唱曲《Nativitas Mundi(宇宙の誕生)》に衝撃を受けた合唱人も多いのではないでしょうか。そんなシサスクのピアノ曲入門としては《星の組曲》は最適の作品であると考えています。


 ラウタヴァーラは2つのピアノソナタを弾きます。それぞれ一度ずつ既に本番に乗せた曲なのですが、第1番を弾いた時は本番が平日夕方であったため自分の手元での集客がゼロ、第2番を弾いたのはそもそも学内の定期試験においてでした。今のように集客ができるようになってから弾くのは初となります。ラウタヴァーラの音楽の典型的な特徴はいくつか明確に挙げることができますが、やはり特筆すべきはトーン・クラスターでしょう。指だけでなく掌や手首、前腕で鍵盤を弾くシーンがいくらかあります。そんなことをしたら音が濁って汚い音色になるのではないかと思うかもしれませんが、これが不思議なところで、ラウタヴァーラのクラスターでは色彩感と透明感が両立するという稀な体験ができます。第1番、第2番ともに神秘主義的なヴィジョンが表現されます。


 ペルトは「ティンティナブリ様式」という作風で知られる作曲家です。殆ど主和音のみの響きに支えられた旋律が飛来する一種のミニマリズムとも言えるでしょうか。恐らくその作風の典型例であり、かつ作曲者の代表作であろう2作品を演奏します。


 図らずも、今回のプログラムは「静」のエストニアと「動」のフィンランドという構成になりました。それらの共通点と相違点をそれぞれに楽しんでいただき、新たな音楽体験を得ていただきたいと思います。どうぞよろしくお願いします。

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