top of page

【名曲紹介】ベートーヴェン《ピアノソナタ第26番『告別』》Op.81a:ソナタ形式の崩落と再生

執筆者の写真: Satoshi Enomoto
Satoshi Enomoto
31 分前
読了時間: 7分

 ベートーヴェンのピアノソナタの中で愛称の付いているナンバーは様々にありますが、作曲者本人が付けたタイトルは2つだけです。一つは《ピアノソナタ第8番『悲愴』》、そしてもう一つが今回この記事に書く《ピアノソナタ第26番『告別』》です。タイトル付きであり、またその作品成立の背景からも、ベートーヴェンのピアノソナタの中でも第26番の知名度はさほど低くはないでしょう。


 1809年オーストリア戦役が勃発し、ベートーヴェンのパトロンであり生徒でもあったルドルフ大公は避難のためウィーンを離れます。この出来事に基づく標題的ソナタと見ることは既に一般的となっていますし、間違いではないでしょう。他方、その標題に大きく括られすぎて、「曲の雰囲気がそれっぽい」という観点だけでは勿体無いとも考えています。


 標題や背景には言しつつも、榎本目線で感じた興味深いと思われる観点についても書いていこうと思います。



第1楽章

'Das Lebewohl'『告別』


 草稿には「尊敬するルドルフ大公殿下の御出発に際して、ウィーン、1809年5月4日」とあります。序奏の冒頭において提示される、順次下行する3音が動機として楽章全体を支配します。



 この動機には、'Lebe wohl' という言葉が添えられています。「さようなら」と和訳される言葉ですが、日常的なドイツ語でこの言葉が出てくることは稀でしょう。日常では 'Tschüss' ないしは 'Auf wiedersehen' が用いられるはずです。この 'Lebe wohl' は直訳すれば「健やかに生きよ」「達者で暮らせ」のようなもので、今生の別れを覚悟した挨拶という扱いです。


 この楽章は序奏付きのソナタ形式に基づきます。主部はAllegroから始まり、その第一主題に早々とLebewohl動機が組み込まれていることに気付くことでしょう。



 確かにこれはベートーヴェンが意図的に組み込んだものと考えて差し支えないでしょうが、しかし、それを殊更に強調して弾くことについてはバドゥラ=スコダは戒める姿勢を取っていますし、僕そのように思います。あくまでも主題が動機から導かれていること自体が重要であるわけです。しかもこの楽章は徹底的に動機労作によって作られているため、動機をとにかく強調しようとすれば強調しっぱなしの音楽になってしまうでしょう。「強調しっぱなし」は「何も強調していない」ことと大差の無い結果を招きます。


 本当に強調すべきところがあるとすれば、それは第二主題であると考えます。不協和な倚和音に支えられたespressivoこそは、むしろ何らかの表現を汲み取って解放する必要があると思います。



 70小節目から展開部です。しかし、いつもの精力的なベートーヴェンの展開はここではあまり感じられません。ひどく閑散としてすらいる印象を与えられます。途中で空元気のようなフレーズも挿入されますが、やはり空しさに支配されているようです。もはや展開を諦めたかのように再現部へ戻ります。



 再現部においても、若干のヴァリエーションを含む以外は大して新しいものは見受けられません。調設定は変わるものの、殆ど提示部と同じです。


 162 小節目から長い結尾部が始まります。この結尾部の中で第一主題も第二主題も出て来てしまっており、しかもその二つの主題は展開部で聴いた空虚な響きの動機によって橋渡しされます。まるでこれまでの音楽の進行を回顧するかのようです。


 結尾部もようやく終わるかと思われたところで、Lebewohl動機が左右の手で二声交互に演奏されます。これはベートーヴェンとルドルフ大公がお互いに 'Lebe wohl' を言い合ったであろうシーンと捉えてよいと思います。



 このシーンの終止の後、鍵盤上で左右の手の距離は広がって遠ざかってゆき、この楽章は終わります。このセクションに具体的な出来事の暗喩を当てはめることは、決して無駄な妄想とも言い切れないでしょう。




第2楽章

'Abwesenheit'『不在』


 僕は長い間、この楽章のタイトルを 'Die Abwesenheit' であると思い込んでいました。それもそのはずで、多くのCD記載や楽譜ではそのように定冠詞付きで書かれています。しかし、手元のヘンレ版では定冠詞が付いていません。そんなまさか、と思って確認したところ、確かに初版には定冠詞の付いていないドイツ語タイトルと、定冠詞の付いているフランス語タイトルが併記されていました。



 'Die Abwesenheit' と言う時、それは確かに「ルドルフ大公の不在」を指したでしょう。しかし、この定冠詞が無いことは特定の不在ではなく「不在という概念」のようなものを表すかもしれません。あるいは「無」や「空虚」とも言えるでしょうか。はたまた、戦争における「虚無」でもあったでしょうか。この時のウィーンは静かであったわけではなく、しっかりと砲撃に曝されました。


 この楽章の形式は多くの場合、「二つの主題が繰り返される形式」と説明されます。「展開部を欠くソナタ形式」と説明されることは決して無いわけではないにしても、メインではないかもしれません。しかし個人的には後者の解釈を採用し、「展開部不在のソナタ形式」と呼びたいと思うところです。


 また明確な調を捉えにくいこともこの楽章の特徴として挙げられるでしょう。この楽章の主調であるハ短調は7小節目付近になるまで感覚上での判別は難しく、確立された調もすぐにまた雲散霧消してしまいます。強烈な不協和音も相俟って、聴き手は不安定さを体感することになります。


 そして、再現部の調設定も異様なものです。提示部では第一主題:ハ短調、第二主題:ト長調→ト短調であるわけですから、こちらはよくあるソナタ形式の調設定であると言えますが、再現部では第一主題:ヘ短調、第二主題:ヘ長調→ヘ短調となっています。結尾部で唐突にハ短調に戻り、終楽章の変ホ長調に進む準備をしますが、やはりそれでも「ソナタ形式らしい調設定の不在」は特徴と言えるでしょう。


 第1楽章の時点で閑散とした展開部に言及しましたが、第2楽章ではとうとうソナタ形式自体が展開すらも失って崩れ落ちんとするのです。



第3楽章

'Das Wiedersehen'『再会』


 1810年、オーストリアは敗戦し、領土を割譲されました。そのような形であっても、戦争は終結し、ルドルフ大公は生きてウィーンに帰還し、ベートーヴェンは大公との再会を果たします。第2楽章からattaccaで突入してきた第3楽章の序奏は歓喜の叫びでしょう。



 11小節目から第一主題、53小節目からを第二主題と見做すことができますが、それ以外の楽想も噴出し走り回るようなエネルギッシュな音楽となります。指が回る限界まで音を詰め込んでいる瞬間すら見受けられます。



 82小節目から展開部となります。一体いくつの調を通過しただろうと思わんばかりの大展開を見せます。第1楽章から第2楽章にかけて失われた「ソナタの展開部」は、この第3楽章において力強く息を吹き返します。ソナタはここに再生するのです。


 展開は再現部に至ってなお止まりません。110小節目からが再現部の第一主題ですが、音が多く厚く変奏された状態で現れます。



 提示部の時よりも発展した再現部が終止すると、Poco Andanteによるこのソナタの結末がやって来ます。


 181小節目のespressivoの単旋律は、182小節目で二声となります。戦争によって引き裂かれた二人は、ここで再会し、二人で歌い始めるのです。



 第1楽章の結尾部で左右の手の距離が広がっていく点を先述しました。第3楽章の183小節目では、左右の手の距離は縮まっていきます。この動作はこの後も2度繰り返され、喜びのままこのソナタは終結します。



 ベートーヴェンとルドルフ大公は生きて再会を果たすことができましたが、かの時にはむしろ今生の別れと果たされなかった再会とが無数に転がっていたことでしょう。それは敗戦したオーストリア側だけの話ではありません。


 個人的な話ですが、父方の祖父の父は遺書まで書いて出征し、シベリア抑留から生還しました。母方の祖母の父は戦死しました。ここにも、果たされた再会と今生の別れが並んで転がっています。


 今や、僕はこのソナタを弾く時には、敗戦してなお、生きての再会を喜んだベートーヴェンの心に思いを重ねざるを得ません。

コメント


© 2018 Satoshi Enomoto

bottom of page