【名曲紹介】ベートーヴェン《ピアノソナタ第22番》Op.54
- Satoshi Enomoto
- 39 分前
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ベートーヴェン中期には愛すべきソナタが色々あると思っています。もちろん既に世間一般においても人気の高い番号がいくつか挙がるでしょう。
しかし榎本個人の好みはそこから若干ズレていることが否定できません。別に有名曲を意図的に嫌っているわけではないのですが、どうにも好きになれない曲があるのも事実です。具体的に名指しすると第21番「ヴァルトシュタイン」と第23番「熱情」。今後気に入る可能性も無くはないですが、現時点ではアンテナに引っかかりません。
ところで、第21番と第23番という大きな意欲作に挟まれて、何やら影の薄そうなソナタがあるではありませんか。
それが今回の記事で取り上げる《ピアノソナタ第22番》です。
この《ピアノソナタ第22番》Op.54が書かれたのは1804年のこと。まさに先述の《ピアノソナタ第21番「ヴァルトシュタイン」》Op. 53と《ピアノソナタ第23番「熱情」》Op.57の間に書かれました。第21番と第23番はいずれも大規模な部類のソナタであり、それらを書いている時期のベートーヴェンのヴァイタリティは推して知るべしというところですが、しかしこの第22番は2楽章構成、演奏時間も11分ほどの小規模なソナタです。
時々言っていますが、2楽章構成それ自体は意外と珍しいことではありません。ベートーヴェンの他のソナタにも、さらにはハイドンやモーツァルトにもそのような例を複数見ることができます。灯台下暗しですが第21番も第2楽章に序奏が付いている2楽章構成ですね。
ただ、この第22番の様子とその扱い方に対して困惑の声が上がるのも事実でしょう。スコダによれば、発表当時ですら人々はこの第22番に戸惑ったようです。やはりこのソナタがあまりにも「ソナタらしくない」と思われたことがその要因でしょう。
2楽章構成の例として真っ先に思い浮かぶであろう第19番や第20番のソナタ(番号が若くないだけで実際には初期の作品)ですら、その第1楽章は典型的なソナタ形式に則っています。しかし第22番の第1楽章はソナタ形式と呼べるものですらありません。また第2楽章も主題が様々な調に移り変わりながら繰り返されますが、ロンド形式とは言えないでしょう。ソナタ形式を持たないソナタとしては第12番という先例などもありましたが、それを考えてもなお第22番は「様子のおかしいソナタ」として人々の耳には響いたことでしょう。
そのような点を踏まえつつ、各楽章を参照していきましょう。
第1楽章
In tempo d'un Menuetto
「メヌエットのテンポで」と見ると、しばしば4楽章構成の中の第3楽章に位置するメヌエット(トリオ付き)であるかのように思われるかもしれませんが、このソナタにおける実態はそうではないでしょう。

1小節目から始まる付点のリズムを伴った穏やかな主題を第1主題(X)、25小節目から始まる3連符による躍動的な荒々しい主題を第2主題(Y)とすると、この第1楽章の形式は、
X - Y - X' - Y' - X" - Coda
…のようになっています。性格の対極的な2つの主題があるという点だけがソナタ形式から持ってきた要素であり、展開部や再現部という捉え方は難しいでしょう。むしろ2つの主題が各々に変奏を伴いながら対話していく様子として捉える方が自然であるように感じます。
その変奏の方向についても着目できる点があります。第1主題は X → X' → X" と進むにつれて装飾が増え、特に X" はその尺も長くなります。一方で第2主題は Y よりも Y' の方が勢いが衰え、尺も短くなります。
そしてCoda部分では第1主題に由来する旋律が主導権を握ります。しかしよく聴くと、左手の低音部には第2主題に由来する3連符が鳴り続けています。相反する性格をもっていたはずの第1主題と第2主題は、変奏を経て、Codaに至って第1主題が第2主題を内包する形で共存ないし一体化を実現するのです。最後に一瞬だけ盛り返した3連符もとうとう2分割へと鎮まり、平穏・平和が叶えられます。

僕は弁証法には詳しくありませんし、ベートーヴェンの思想もあまり調べられてはおりませんが、この楽章の脈絡はまるで正・反・合のようにも捉えられると思います。
第2楽章
Allegretto - Più Allegro
こちらの楽章も形式が判然としないことが話題となります。「自由な三部形式」や「単一主題によるソナタ形式」などといった説明が為されますが、「単一主題によるソナタ形式」の方が個人的にはしっくりきます。
ソナタ形式と捉える場合、展開部がどこから始まるかについては諸説ありそうですが、恐らく頻繁な転調に突入する45小節目からでしょうか(21小節目からという可能性も否定はできないが、こちらは提示部の確保かもしれない)。再現部はF-durが回帰する115小節目からと考えてよいでしょう。Più AllegroからがCodaになります。
ただ、もっと端的に言うならばこの楽章は「インヴェンション」ではないかと思っています。ベートーヴェンがそう言ったわけではありませんが(そもそもこのソナタについてコメントを残していないのでは?)、一つの主題の動機が対位法的に展開する様子は近いものがあるでしょう。ここから時代を下った1924年に書かれたストラヴィンスキーの《ピアノソナタ》の終楽章がインヴェンション的でありまして、ストラヴィンスキーはこの点も参考にしたではないかと勝手に想像するところです。
この楽章ではあらゆる調に転がっていく様を楽しむこともできます。特に89小節目からの反復進行は1小節ごとに完全4度上に内部調を移り続け、短い時間内に12音を出し切ります。

再現部の終わり、152小節からの左手に Des - H - C という音型が繰り返し聴こえてきます。この音型を、僕たちは第1楽章の62小節目からの接続部で聴いています。偶然の一致と思われるかもしれませんが、わざわざシンプルな和声進行にこれを捩じ込んでいるあたりに、第1楽章をエコーさせる思惑を見出してもよいでしょう。

ちなみに、このソナタの自筆譜は残っておらず、最も古い資料としては初版を参照することになります。各楽章の数ヵ所において「これ本当に正しい?」という部分があります。きっと市販の楽譜でも指摘されているでしょうから、その部分についてはご自身で考えて検討してみてもよいと思います。
確かにこの第22番のソナタはその前後のソナタに比べて規模が小さく、人気もいまひとつといった状況かもしれません。それでも、このソナタにはじっくりと向き合う価値があると僕は確信しています。
