【メモ】ラヴェル《ボレロ》とサン=サーンス《ピアノ協奏曲第5番》における倍音を重ねる書法
- Satoshi Enomoto
- 3 日前
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ラヴェルの《ボレロ》は人気作品ゆえにこれまでに何度も演奏され、それに伴って何度も解説が為されて来たことでしょう。その時に必ずと言ってよいほど、楽曲の中盤でチェレスタとホルンの主旋律にピッコロがその第3倍音と第5倍音を重ねる部分についての言及があると思われます。「パイプオルガンの手法」などと紹介されていることでしょう。


記譜の上では異なる調が(主調であるハ長調にト長調とホ長調が)重なっているように見えるために、複調と説明している人もいるものの、実際の音響上の効果としては「倍音を実際に鳴らして補強している」と言う方が適切であると思います。
そしてこの書法のアイデアは、この曲のみに言及する限りにおいては大抵ラヴェルの画期的な発明であるかのように説明されます。この曲のみを聴いて楽しむことにおいてはそれで情報は足りているし、ラヴェルを持ち上げておいた方が一層「ラヴェルってすげー!」という感情が味わえる面もあるのでしょう。
しかし現実には、この書法は既にラヴェル以前からあったものです。ラヴェルの《ボレロ》は1928年の作。そこから遡ること約30年、1896年にサン=サーンスが作曲した《ピアノ協奏曲第5番》Op.103の第2楽章にその書法は登場します(画像はルイ・ディエメによる2台ピアノリダクション版)。


サン=サーンスはこの《ピアノ協奏曲第5番》をエジプト(当時はイギリス保護領)で書きました。現地の音楽も素材として採り入れられているため、その異国情緒からかこの協奏曲は「エジプト風」の愛称で呼ばれます。作曲者本人が卓越したピアニストですからどうしても難しい曲ではあるのですが、最近の若手ピアニストたちはこの曲も臆することなく弾くようになりましたね…
この倍音を同時に鳴らす書法もその異国情緒の描写のために用いられたのではないかと想像します。何を隠そうサン=サーンスはオルガニストでもありましたので、どのような表現に用いるかはさておき、このような倍音の積み重ねによる音響を経験的に知っていたのではないかと思われます。20世紀以降の作曲語法には否定的であったと言われているサン=サーンスですが、彼の中には独自の革新的な語法があったのかもしれません。
さて、サン=サーンスの《ピアノ協奏曲第5番》の倍音書法をラヴェルが知らなかったはずはないでしょう。直接的な作品からの作曲語法の模倣というわけではなく、そのような音響の作り方をサン=サーンスの前例から学んでいるはずです。
僕もサン=サーンスやラヴェルに関して詳しいわけではありませんが、価値観が異なりそうなこの二人の作曲家の間にも受け継がれた音楽があるのかもしれませんね。