• Satoshi Enomoto

【音楽史・雑記】政治に無関心だったヴェーベルン


 ヴェーベルン(Anton Webern, 1883~1945)という作曲家をご存じでしょうか。シェーンベルクの門下生の中でも厳格な12音技法による作曲を展開し、寡作でありながらも戦後の前衛音楽に多大な影響を及ぼした作曲家です。僕も彼の《変奏曲》Op.27を何度も公の場で弾いています。



 今回は彼の音楽についての話ではありません。もちろん音楽の話もそれはそれで面白いのですけれど、この記事では彼の非業の死へと繋がった "政治" との関係を見てみたいと思います。



 作曲家のよろしくないエピソードが話題に上がることがあります。略奪婚のヴァーグナーや不倫のドビュッシーなど、特に一般人にも有名な作曲家が真っ先にネタにされてクズ呼ばわりされるわけですが、彼らが有名な上にキャッチーすぎるので、同様以上に不倫をかましまくったはずのベルクが殆ど言及されないのはありがたいものです。個人的にはベルクやアルマ・マーラーの方がよっぽどだと思うのですけれど。


 さて、本題のヴェーベルンのよろしくないエピソードとは、彼がナチスの信奉者であったということです。同時代には他にもナチスに寄っていたR.シュトラウスやレハール、プフィッツナー、ファシストに寄っていたマスカーニやカゼッラなどもいまして、彼らは戦後に苦難を強いられることになったのですが、特にヴェーベルンの最期は悲劇でありました。家の外に出て煙草を吸おうとした瞬間に、アメリカ兵の "誤射" による3発の銃弾で命を落としたのです。


 目撃者がいないために実際に何が起こったのか、詳しいことはわかっていません。アメリカ兵はヴェーベルンをマークしていたのではなく、むしろナチスの親衛隊のメンバーであり、闇取引で生計を立てていたヴェーベルンの義理の息子を逮捕するために包囲していた…ということであるようです。


 ところで知られている通り、ナチスは前衛的な芸術を弾圧していました。ハウアーは隠居を余儀なくされ、ツェムリンスキーやシェーンベルク、ヒンデミットは亡命しました。その弾圧は、実はヴェーベルンにもしっかりと及んでいたのです。しかしそれでもヴェーベルンがナチス・ドイツへの信頼を寄せていたということは、どうしても不思議なものです。


 ナチスの弾圧によって、ヴェーベルンの周囲からは音楽家たちがいなくなっていきました。貴重な収入源でもあった個人レッスンの生徒も減り、ほぼ残ったのは弟子のツェンク(Ludwig Zenk, 1900~1949)とその友人ヒューバーといったところ。そして、ツェンク、ヒューバー、さらにはヴェーベルンの息子も娘までもが、揃ってナチスの党員であったのです。


 ヴェーベルン自身は元来、政治にはほぼ興味の無い性分であったようです。しかし身近にいた人たちに感化され、遂にはナチスの思想に共感するようになったのでした。本人がナチ党員になったという記録は残っていないものの、ヒトラーの『我が闘争』には感銘を受け、機関誌も読んでいたようですし、ベルクの《ヴァイオリン協奏曲『ある天使の思い出に』》の初演者として知られるヴァイオリニストのクラスナーらの証言から、かなり詳しいところまで知っていた疑惑もあります。


 当時の時点で既に、仲間だった音楽家の間では「ヴェーベルンがナチ党員になったのではないか」という噂が流れていたようで、シェーンベルクはそのことを問い質す手紙を送っています(《ヴァイオリン協奏曲》を、反ユダヤ主義を掲げるナチスの関係者に献呈するわけにはいかなかったため。返事の有無や所在は不明だが、結局ヴェーベルンに献呈されている)。これについては本人の肯定も否定も残っていないので何とも言えないのですが、ヴェーベルンが日本の第2次大戦参戦を喜んでいるコメントなどを見ると、非常に苦い思いがあります。


 自分の作る音楽が政治によって弾圧されるという状況ともなれば、僕としては政治に不信感を抱くはずだと思ってしまうのですが、ヴェーベルンの場合は音楽とは別の観点でナチスに感化されてしまったのかもしれません。つまりはナチスがその理想を実現することと、ナチスが自分の音楽を弾圧することは、ヴェーベルンの中では関連が無かった、という可能性があるわけです。



 本日4月25日より、コロナ禍3度目の緊急事態宣言が発令されました。既に様々なところから演奏会の延期や中止の知らせが届いてきます。対象は文化芸術に限った話ではなく、基準や方法にもあまり納得のできるものではない面が見られます。そして充分な補償があるとも言えず、これまでも含めた自粛要請というやり方によってどれほどまでに経済にダメージが入ったかを覚えておかねばならないでしょう。


 政治の話題を出すと、殆どの場合で煙たがられるものです。主義主張も人それぞれありますし、不要な諍いを生むこともあるでしょう。しかし、それは政治のことを考えていなくてよいということを意味しません。わざわざ口に出す必要はなくとも、考えている必要はあるのです。平時でそこまで気にすることはなかったでしょうが、コロナ禍によって、非常時にこそ政治の迷走が生活を直撃することを、身に沁みて思い知ったことでしょう。


 政治をあまり他人事だと思っていると、気付いた頃にはヴェーベルンの二の舞になっているかもしれませんよ。

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