top of page

【探訪記】代々木《春の小川》記念碑:得たものの代わりに失ったもの

  • 執筆者の写真: Satoshi Enomoto
    Satoshi Enomoto
  • 4月18日
  • 読了時間: 4分

 高野辰之作詞、岡野貞一作曲による文部省唱歌《春の小川》。この詩のモデルとなった小川には諸説あるものの、その歌碑(記念碑)の一つが代々木にあると聞いて、実際にその場所を訪ねてみました。高野辰之が代々木に住んでいたことが理由となっているようです。




 最寄り駅は東京メトロ千代田線「代々木公園」駅、ならびに小田急線「代々木八幡」駅です。今回は代々木公園駅から歩きました。



 すぐそばには代々木深町小公園があります。公園に沿って歩いていきます。ちなみに車道を挟んで反対側には広い代々木公園が続いています。



 さらにしばらく行くと、もう一つの公園が見えてきます。その名も『渋谷はるのおがわプレーパーク』。地元では《春の小川》は一応シンボルにはなっているようですね。管理棟まである公園ですが、入口に立っている看板の説明書きはなかなかのストロングスタイル…コンセプトは理解できないでもないですが、そこまで言うかと思わないでもないところです…



 この『渋谷はるのおがわプレーパーク』の中に《春の小川》記念碑があるのかと言うと、厳密にはそうではありません。プレーパークを横切って反対側の道に出て進むと、電柱に案内がありました。



←線路沿い


 確かに矢印の方向へ顔を向けると、そこには小田急線の線路がありました。しかし線路沿いに小川のようなものは全く見当たらず、代わりにあるのは細い道のみです。



 お察しの通り、この狭い道こそが「春の小川」こと河骨川(こうほねがわ)の跡であるようです。正確にはこの道の下というべきでしょうか。暗渠化どころか下水道化…


 1964年の東京オリンピックに向けての区画整理事業によって渋谷一帯の小川は暗渠化・下水道化されたのでした。余談ですが、合唱人にとっては不朽の傑作である髙田三郎の組曲『水のいのち』が書かれたのも1964年のことです。



 この小道となった小川を覗き込む位置に《春の小川》の記念碑は立っています。昭和53年(1978年)の12月6日に建立されまして、表には1912年初版の歌詞の1番が刻まれています。書跡は高野辰之の養女である高野弘子の手によります。


 知られている現行の《春の小川》の歌詞は1942年に高野辰之ではなく林柳波が口語に直したものです。「さらさら流る」が「さらさら行くよ」に変えられ、「ささやく如く」が「ささやきながら」に変えられ…という詩の外骨格の変更もある他、初版にあった3番の歌詞は削除されました。文語の歌詞は小学生に歌わせるには難しいと文部省が判断したのかもしれません。当初この曲の作詞者・作曲者が表記されず、「高野辰之作詞・岡野貞一作曲」と認められたのは両者とも亡くなって久しい1973年のことですから、許可が取られた上での改訂であったのかどうかが気になるところです。



 オリンピックという国際行事の開催のために小川を暗渠化する…小学生が歌いやすいようにするために文語の歌詞を口語化する…これらのことを行ったことによって、確かに得たものは非常に大きかったでしょう。その得たものとはある種の便利さと言ってもよいかもしれません。そのおかげで発展を手に入れたという面は紛れもない事実でしょう。


 しかしその一方で、失ったものに対してもどうしても思いを馳せずにはいられません。小川は下水道となり、ささやく如き流れはもう見えも聴こえもせず、ただ記念碑と公園が残っただけです。子供には難しいだろうという価値観を判断基準として言葉は取捨選択され、今や古文漢文不要論が蔓延して旧来の日本語が軽んじられる始末です。


 役に立つかどうか、扱いやすいかどうか、お金になるかどうか、勝ち抜けるかどうか…そういった価値観や判断基準のみに基づいて犠牲にしたもの、生贄にしたものが、想像している以上に大事なものだったのではないかという考えが脳裏を過ることもあるでしょう。そのかけがえのなさに後で気付くこともあるでしょうし、またずっと気付かないこともあるでしょう。


 先述の《春の小川》初版の削除された3番の歌詞は以下のようなものでした。


春の小川は さらさら流る

歌の上手よ いとしき子ども

聲をそろへて 小川の歌を

うたへうたへと ささやく如く


 個人的にこの歌詞では高野辰之の子供たちへの目線が小川に投影されているように感じないでもないわけですが、同時にこれが削除されたという事実には「歌わない人々」「歌を軽んじる人々」の影がちらついていて、なかなか気分が良いものではないところですね。



Comments


bottom of page