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【書評】大島俊樹『階名唱(いわゆる「移動ド」唱)111の音階ドリル集』:「性格」と「力性」を体感する練習

  • 執筆者の写真: Satoshi Enomoto
    Satoshi Enomoto
  • 50 分前
  • 読了時間: 5分

 大島俊樹先生の『階名唱(いわゆる「移動ド」唱)77のウォームアップ集』についての書評は既に記事にしましたが、昨年2025年の9月に新たなドリル集『階名唱(いわゆる「移動ド」唱)111の音階ドリル集』が発刊されました。すぐに注文して手元に置いたわけですが、ようやく書評をまとめたいと思います。



 このドリル集自体について述べる前に、手前味噌で恐縮ながら、拙作『混声四部合唱のためのハーモニー・エチュード』の話を書いておきたいと思います。


 合唱でピンポイントでハモるための階名唱ドリル集が欲しいと思って作ったのが僕のエチュードであったわけですが、どうしても階名自体の性格というよりは和声法の力学に偏っていて階名自体の性格を歪曲してしまっているのではないかという不安が拭えず、その説明に悩んだ挙句に榎本は大島先生に添削をお願いしたのでした。快く引き受けてくださったどころか、資料まで出して解説までしてくださりました。


 その時の話の中で出てきていた観点が「階名の性格(不変の側面)」と「旋法内における力性(変化する側面)」というものでした。


 これを踏まえた上で『111の音階ドリル集』の表紙の下部にある文章を読んでいただきたいと思います。


長旋法のドは、「ドの性格」+「主音(Ⅰ)の力性」の音

短旋法のドは、「ドの性格」+「中音(Ⅲ)の力性」の音

どちらもドの性格であることは同じ


 ある旋法内におけるある階名の音を聴く時、聴取者は階名がもつ性格の部分と旋法がもつ力性の部分が組み合わさったものを感知しています。この解像度の解説がドリルの理論解説部にまず丁寧に書かれています。榎本の感覚で言えば、この解説が手に入っただけで元を取ったというくらいに思っています。



 さて、本編の課題を見ていきましょう。課題は便宜上五線譜で表記されていますが、自由に移高してOKであると明記されています。物が手元にあるようでしたら、A=440HzではなくA=427Hzなどのピッチでやってみても面白いかもしれません。


 『77のウォームアップ集』は分散和音のマッピング+αのような課題が中心でしたが、『111の音階ドリル集』は順次進行の音階が基本になっています。ただし、音階を基本としつつも、各音の間に特定音が挟まり、音階と特定音を交互に歌う課題が現れます。


 また僕個人の話をさせていただきますが、まだ階名の使い方も知らないままに合唱を始めた高校生の時分に、階名は使っていなかったもののこれらの課題と全く同じ練習を独習していました。誰からも言われたわけではなく、ただただ「特定音との関係が掴めると安定して歌える」という感覚から出てきた発想でした。このドリル集では特定音を鳴らし続けながら練習する方法も紹介していますが、これも同様に昔やっていました。惜しむらくは当時階名を使っていなかったことです。


 とは言え、このドリルのように網羅的に取り組めていたわけではありませんでした。ここまでパターンを捻り出して取り組んだことは流石にありません。No.63まではドあるいはラが鳴り続ける特定音として指定されており、長旋法ないし短旋法の練習として自覚されると思います。


 No.64から徐々に空気が変わり始めます。特定音がレ、ミ、ソのゾーンに突入すると、課題によってはそれぞれがレ旋法、ミ旋法、ソ旋法のようにも聴こえ始め/感じられ始めます。今でこそ長旋法/短旋法以外の旋法にも親しんでいるのでこなせますが、初めて取り組む方はじっくりと時間をかけて慣れようという心持ちでも十分かもしれません。このあたりがきちんと歌えるようならばコダーイの民謡由来のソルフェージュは怖くなくなるレベルでしょう。このあたりはシンプルな課題でありながらも得られる経験が多いと言えます。


 No.97からは和声短音階と旋律短音階を歌うための練習課題です。和声短音階はf-siの増2度が、旋律短音階はm-fi-siが掴みづらいということは学習者の多くが日常的に感じていることでしょう。載っている課題は大変上手い作りになっていて、この通りの手順で練習すれば確かに和声短音階/旋律短音階が歌える上に、自力で歌った感覚を掴めたことによって更に技術的定着が図られるという画期的なものです。似たような練習方法を合唱団の練習で即席で指示することはあるものの、実際に記録としてまとめるとこのようになるわけですね(詳細はここには明かしません)。No.101からの増4度、減5度、増2度、減7度を歌うための練習課題も同様の手法ですね。


 No.105はf-tを上行/下行する練習。課題としては明示されませんが、全音音階への足がかりとなっています。


 No.106〜No.110はそれぞれ同じ音型から始めて特定の旋法に移る練習。ここまでくると、ただ楽譜を読んで歌うだけという段階を超えて、自分の意志で階名に付与する力性をコントロールして進行方向を決める段階まで突入していると思います。ここまで来るだけでも相当高度かもしれません。


 お待ちかねのNo.111はラスボスに相応しく(?)、7つの旋法を読み替えながら歌い分けるという総まとめの課題です。このドリル集にじっくりと取り組んで全問をこなしてきた方ならばきっと歌えるでしょう。逆にこの課題にNo.1 〜 No.110をこなすこと無く挑んだ場合、ひょっとすると音大生や音大卒業生ですら微妙な視唱を披露する羽目になるかもしれません。また、この課題を固定ドで歌うと自分で歌った音が自分の邪魔をしてくる上に、固定ドが結局五線譜上の音符の位置を言っているだけにすぎないことを体験できます。効果の無い苦行を積む必要はありませんがね。



 いきなりこの『111の音階ドリル集』に取り組むことを止めはしませんが、榎本目線で感じる限りでは『77のウォームアップ集』をやった後でも全然遅くありませんし、並行して取り組んでもよいと思います。正直『77の〜』の下地があった方が挫折の危険性は少なく済みそうであるように感じます。


 階名唱の独習に、あるいは合唱団での練習に、はたまたソルフェージュの探究に効果的な一冊であるとオススメできます。ぜひお手元に。


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