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【書評】大島俊樹『階名唱(いわゆる「移動ド」唱) 77のウォームアップ集 ─ 毎回のレッスンのはじめに ─』

  • 執筆者の写真: Satoshi Enomoto
    Satoshi Enomoto
  • 4月3日
  • 読了時間: 8分

更新日:4月13日


大島俊樹

『階名唱(いわゆる「移動ド」唱) 77のウォームアップ集 ─ 毎回のレッスンのはじめに ─』


 現在2025年4月末まで新年度キャンペーン(値引き)中だそうです。



 

 近年ようやく主に合唱界隈で徐々に普及しつつある階名唱法。一方、実は階名唱法自体は小学校の低学年から学習指導要領に含まれているものであり、本来は義務教育の音楽を経た時点で身に付いているはずの技能でもあります。


 固定ド優勢の中ではまるで新しく出てきた技術であるかのように見られますが、近代における改良はあったものの、元を辿ればグレゴリオ聖歌を譜読みして歌う時に用いていたような、むしろ旧来の技術です。


 今身に付いていないものはこれから身に付けるしかないでしょう。階名唱法を身に付ければ簡単な曲は初見で譜読みできるほどになりますし、複雑な曲でも時間をかければ自力で読むこともできるようになります。


 そうは言ってもどのように身に付けたらよいかわからない…という時に、真っ先に推薦したい教材があります。それがこの記事において言及する、大島俊樹『階名唱(いわゆる「移動ド」唱) 77のウォームアップ集 ─ 毎回のレッスンのはじめに ─』です。


 なお、榎本が頼まれて推薦記事を書いているのかと思われそうですが、完全に榎本が独断で勝手に推薦記事を書いています。自分が関わっている合唱界隈の方々に階名唱を習得していただきたいのが第一にあり、あとは拙作『混声四部合唱のためのハーモニー・エチュード』に繋がるものであるからです。


 

 この本は階名唱法のドリル集(楽譜)です。77題用意されている課題を順番に歌ってこなしていくことになります。もちろん歌ったら終わりというわけではなく、一度やった課題に戻ってみたり、別の高さに変えて歌ってみたりといったことも推奨されると思います。


 確かにタイトルからはドリル課題がメインコンテンツであるかのように想起されるでしょう。しかし内容はそれだけではありません。


 まず、課題が始まる前に、楽譜の読み方や階名の概要、音名と階名に関する楽典が丁寧に解説されています。楽譜にしては文章量がそれなりにあるように感じるかもしれませんが、理解しておくべき内容ですので労力を割いて読んでいただきたいです。


 長旋法(いわゆる長調)ならびに短旋法(いわゆる短調)の解説では、安定音と緊張音の関係、各音がもつ性格(≒方向性)、さらには学習時にそれをどのような音の組み合わせによって練習すべきかが示されています。長調や短調というものを単なる音の集合であると思っている方もいらっしゃるかもしれませんが、長調や短調という音楽組織の中に張り巡った繋がりや引力を体験することによって、長調・短調の姿を改めて捉え直すことができると思います。


 音名と階名の対応の読み取りの解説は、既に各所でも言われている調号から判断するものです。このドリル集をこなすだけであればその説明のみで足りているのですが、なんと本書には調号の法則性までもが階名を用いて解説されています。きっとアマチュアの方々の中には日頃「各調の調号が覚えられないよ~!」と思っている方もいらっしゃるのではないかと想像されますが、本書の当該2ページを読むだけで、調号はそもそも丸暗記するようなものではなく階名から導出するものであるとわかり、導出自体もできるようになるでしょう(結局は導出しているうちに覚えてしまうものです)。


 

 ここからはドリル課題自体の紹介と参りましょう。


 課題は全部で77題収録されています。全体を通す形で番号が振られていますが、実質的にはいくつかのセクションに分かれています。基本的に五線譜で書かれており、最初から様々な調号の課題が出題されます。階名で歌う時、全体の高さを変えたとしてもメロディの形は変わりません。ハ長調が簡単で変ニ長調やロ長調が難しいなどということは階名唱自体には起きないわけです。


 また、本書内では臨時記号は一切登場しません。内部調である部分も無く、したがって階名の読み替えの練習は含まれません。そちらには本書を終えた後で取り組めばよいでしょう。


 77題のうち、No.37までは特定のパターンを反復する課題です。さらにその中でも、No.1~No.20は「ド-ミ-ソ」と「ラ-ド-ミ」という長旋法と短旋法の安定音の組み合わせのみの課題、No.21~No.37が緊張音も含む課題となります。正直ここまでだけでもかなり効くと思います。積極的に様々に移調して歌うことも推奨されるでしょう。


 まずはNo.1~No.20で「ド-ミ-ソ」と「ラ-ド-ミ」の関係を徹底的に習得します。「ド↑ソ」と「ド↓ソ」などをきちんと別の課題として設定してくれているので、パターンを打ち漏らすことなく取り組むことができます。しかも長調ドミソと短調ラドミが同一の課題に含まれているので、長調と短調を分断すること無く各音の関係性を捉えることができます。ちなみに最初だから簡単というわけでは全くなく、もはや合唱経験者であっても躓くような難しい課題がいくつか潜んでいます。


 長調「ド-ミ-ソ」と短調「ラ-ド-ミ」が安定したら、No.20~No.37で緊張音を加えていきます。日本語の音名(ハ、ニ、ホ…)も楽譜に併記されていますが、あくまで楽典的情報として併記されているだけで、こちらのシラブルで歌うことは無いでしょう。


 No.38以降は一つの課題ごとに長調か短調いずれか片方になります。No.38~No.43はやはり主和音の構成音のみの課題、No.44~No.55は緊張音を含みながらもやはり音型パターンが見える課題となっています。必ず押さえるべき階名唱の基礎部分はまさにこのNo.55までであり、楽器で言うところの音階練習や分散和音練習に相当するのがここまでのセクションなのでしょう。


 ではNo.56以降が何なのかと言えば、階名が示す音の基本的な性格を踏まえた上での自由型の視唱課題です。本書の文としても書かれていますが、No.56以降の課題はまずは初見視唱課題として取り組むことが推奨されます。初見視唱と聞くと一瞬怖じ気付いてしまいそうですが、No.55までの取り組みが身に付いていればその延長線上でクリアできることでしょう。できなかった場合や自信の無い場合はNo.55以前の課題の復習へGo backです。


 初見として使い終わったらウォームアップ用課題として用いることが提案されていますが、あとは忘れた頃に聴音課題として使うのもありなのではないかと思います。視唱ができている課題の聴音などできて当然ではあるのでしょうが、自分ではなく相手が演奏したメロディを捉えることも一種の訓練になるでしょう。


 No.77までの課題は、いずれもどこか図式的な音運びをします。それはあくまでも本書が階名が示す性格を習得することまでを目的としたドリル集であるからでしょう。しかし本書では、これら図式的な音運びをする課題を完璧にこなせるようになった学習者が飽きてしまった後のことも指南しています。別の課題曲集に挑戦するということが普通は考えられるわけですが、それだけではなく学習者がメロディを自作することまで視野に入れています。


 確かに、階名唱を学ぶことによって音の性格や関係性を捉えられるようになると、予め書かれたものではなく、自分の手でも音を繋げてみたくなる欲求が湧くものです。そしてその「メロディを自作してみる」という行為がまた非常に大きな学びとなります。作曲をするということは目の前に何も道標の無い状態を想像するかもしれませんが、階名の感覚を得た後であれば、性格をもつ音たちそのものが道標になっていることに気付くことができるでしょう。


 

 既に階名感覚の育った人間ですと、図式的なドリル集を用いずとも「童謡唱歌とか民謡とかをたくさん歌うだけで階名なんて掴めるものなんじゃないの?」と思ってしまうものですが、実はこの感覚は初学者には意外と厳しく不親切なものであったりします。


 本書ではどのような順序で練習すれば効果的・効率的であるかという点でも明確にまとまっているため、実際の唱歌や民謡をがむしゃらに数こなすよりも技能の定着は早いかもしれません。ただし練習はかなり地味かつ地道かもしれないという点は仕方の無い事実でもあります。特にどうしても最初の方は曲というよりは音の運動そのものっぽいので、ドミソが填まるだけで嬉しさを感じるくらいのメンタルで飽きずに取り組んでほしいと願うばかりです。もしくは童謡・唱歌の曲集も並行して階名唱してください。


 「ウォームアップ集」とは銘打たれているものの、その内容は一から階名唱を始めようという方すらもきちんと丁寧に導いてくれる曲集です。


 

 余談ですが、拙作『混声四部合唱のためのハーモニー・エチュード』(既刊2巻)はこの『階名唱(いわゆる「移動ド」唱) 77のウォームアップ集』から合唱における機能和声訓練へ繋げる想定で制作したものです。僕が書いた課題集に楽典的解説が少ないのは「大島先生の『77のウォームアップ集』でもうやったろ?」という想定をしているからです。単旋律を階名で歌えるようになったのだから、今度は重ねてハモってみようという順序なのです。


 僕の指導者歴は大学院時代に和声法のシニアTAとして補習を担当したところから始まって、コロナの自粛期間中には和声法のオンラインレッスンで食い繋いで今に至るのですが、和声を教授する上で階名は絶対に外すことのできない感覚であると年々強く思うようになってきています。階名の訓練のための教材は様々に存在しますが、やはり最も親切で基礎的で理解実践しやすいものの筆頭として名前が挙がるのは『階名唱(いわゆる「移動ド」唱) 77のウォームアップ集』で間違いないと思うのであります。

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