【名曲紹介】ベートーヴェン《ピアノソナタ第14番『幻想曲風ソナタ(月光)』》Op.27-2
- Satoshi Enomoto
- 10 時間前
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いかにも名曲らしい名曲、既に充分な知名度をもっている作品、しかも既に解説され尽くしたに等しいであろう作品についてわざわざ記事に書こうというつもりはあまり無かったのですが、僕個人の作品に対する捉え方を書いておくことは悪いことではないだろうと考えまして、そのいかにも名曲らしい名曲たるこの作品について書いてみる次第です。
既に広く知られている通り、この《ピアノソナタ第14番》Op.27-2を指して呼ぶところの「月光」という名前自体はベートーヴェン自身が付けたものではありませんし、音楽の内容を意味するものでもありません。ベートーヴェンの死後に音楽評論家・詩人のレルシュタープが寄せた批評に基づくニックネームです。
むしろベートーヴェン自身が第13番と併せて付けた『幻想曲風ソナタ Sonata quasi una fantasia』の方がよりこのソナタの内容を直接的に表していると僕は考えています。第13番はかなり自由度の高い構成が行われているわけですが、作品番号を同じくする第14番もまたそれに準ずるものであろうということです。
この第14番を指して「一般的なソナタの構成(楽章やテンポ設定に関すること)としてイレギュラー」であると主張する意見が時々聞かれますが、イレギュラーの度合いで言うならば、『幻想曲風ソナタ』のもう片方である第13番、さらにはソナタ楽章を持たない第12番などがより先に挙げられるべきでしょう。古典派的な構成のソナタをベートーヴェンは第11番で一旦やり尽くしていて、第12番〜第14番はそもそも実験的な作品として捉えられるべきではないかと思います。
3楽章構成としてここから書いていきます。個人的にこの第14番は第13番と同様に全楽章attacca(全楽章切れ目無しに演奏)であると考えていることを先に明言しておきましょう。実際の楽譜上には第1楽章→第2楽章のattaccaが指示されていますが、第2楽章→第3楽章もattaccaであると勝手に思っています。
第1楽章
Adagio sostenuto
このAdagio sostenutoという標語を見て「遅いテンポ」であると捉えること自体は誤りではないとは思いますが、しかし4/4拍子ではなく2/2拍子であるという点は留意しておいてもよいでしょう。実際には3連符はそこまでテンポの遅さを感じさせない程度のテンポ設定の方がよいのかもしれません。グレン・グールドの演奏を聴いてみてほしいと思います。初聴では面喰らうかもしれませんが、2/2拍子で認識していること、そしてそれによって起こる気迫を感じ取れるはずです。
形式は「暈されたソナタ形式」とでも表せるでしょうか。多くの分析では「三部形式」と説明されますが、ソナタ形式の要素を見出すことは不可能ではありません。短い序奏があり、付点が現れるところからが第1主題、16小節目アウフタクトからが第2主題であると捉えることができるでしょう。そして確かに典型的なソナタにおける主題の対照性は、この曲においては希薄です。今指した第1主題も第2主題も一貫して継続される3連符の上に現れており、これらは2つの性格というよりも1つの性格から現れた2つの側面であるということでしょう。


24小節目アウフタクトに第1主題の付点のリズムが戻ってくることによって展開部の始まりの判別がつきます。28小節目からは第2主題に出てきた動機も用いられているのですが、こちらは判りにくいかもしれません。42小節目から提示部と同じ第主題が聴こえることによってそこが再現部であると判ります。第1主題の付点のリズムが低音部に出てからが短い終結部です。
ところでこの楽章には「senza sordino」という指示が書かれています。これを「ソフトペダルを使わないで」と解釈している楽譜がネット上でDL販売されているのを見た時は思わず横転しましたが、ここでは「ダンパーペダルを踏んで」の意味です。他の楽章でもダンパーペダルを踏む箇所には「senza sordino」と書かれていますね。

一方で「ダンパーペダルを踏みっぱなしで」と言われることもあり、当時のフォルテピアノなら効果的であったと説明もされますが、いずれにせよ現代のピアノにおいてはそのような演奏法は不適切でしょうから、丁度良い加減でペダルを踏み替えることは必要になります。個人的にはそもそも「(適宜踏み替えながら良い感じに)踏みっぱなし」という指示を横着して書いた結果が「sempre ~ senza sordino」になっているだけではないかと勝手に考えています。
第2楽章
Allegretto
第1楽章からattaccaで始まるメヌエットないしスケルツォの位置に相当する楽章です。反復記号を用いて表記すると1ページに収まる短い音楽となっています。
この愛らしい性格をもつ第2楽章の役回りを考えるには、第1楽章と第3楽章の対照性に注目してもよいと思います。Adagioの第1楽章とPrestoの第3楽章と見るだけでも対照的な性格をもっているように考えられますが、その一方で第1楽章も第3楽章も主和音の分散和音のみ(しかもGis-Cis-Eという順序が同じ)によって開始されるという共通点があります。第1楽章と第3楽章は別個の音楽ではなく、第2楽章という別人格のちょっとした出現・介入によって第1楽章という人格が第3楽章へと進化する様を想起することもできるのではないでしょうか。
具体的なストーリーを当てはめることが僕は好きではないので皆さんのご想像にお任せしますが、このような楽章関係の捉え方をすると全楽章が一続きに繋がるように感じます。
第3楽章
Presto agitato
明確なソナタ形式です。第13番のソナタも同様ですが、Op.27の2つの『幻想曲風ソナタ』は終楽章に重心を配置している点にベートーヴェンの実験が見えます。
まずは冒頭の分散和音それこそが第1主題です。普段であれば「ただの分散和音が主題とは何事か!」と思うところですが、先述の通りこれは第1楽章冒頭の分散和音から導出されていることが読み取れます。

21小節目から第2主題です。短調のソナタ形式の典型的な調設定を考えると提示部第2主題は主調にとっての平行調(つまり長調)になることが多いのですが、このソナタでは属調(つまり短調)が選ばれており、短調の支配する比重が大きいソナタとなっています。
展開部は意外とシンプルであり、主には第2主題の要素を様々に駆使して音楽を構成します。再現部も型通りですので、形式の判別に困ることは無いでしょう。
ドラマティックな減七の分散和音を2つ叩きつけてからが、それなりの規模がある終結部に入ります。右手の分散和音に様々な分割の連符が混入し始める部分は、正確にその連符を弾き分けるというよりも、まるで即興のように聴こえる緩急を表すものであると考えてもよいかもしれません。rit.とaccel.が交互に来るようなうねりが求められるのではないでしょうか。

ラストスパート直前にAdagioが2小節だけあります。このAdagioについて「第1楽章のAdagioは2/2拍子だが第3楽章のAdagioは4/4拍子なので後者の方が長い」という解説が為されているのを読んだことがありますが、これについては個人的には納得していません。ベートーヴェンはソナタ第13番のロンド・ソナタの前に出てきたAdagioをラストスパート直前に回帰させるという手法を行っています。第14番でも「第1楽章の空気が回帰する」かのようなテンポ設定を行うことは決して理不尽ではないと思います。
第3楽章の最後は駆け抜けるような主和音の分散和音です。第1楽章も主和音の分散和音によって終わりの和音に向かって行っていたことを思い出せるのではないでしょうか。
以上が概ね榎本の勝手な解釈の数々です。楽章を分けて書きはしましたが、僕はこのソナタが全楽章attaccaで演奏されるべき一繋がりの音楽であると捉えています。
演奏や鑑賞のヒントにしていただくことは構いませんが、提出課題の参考にされる場合の責任は負いませんのでよろしくお願いします。
