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執筆者の写真Satoshi Enomoto

【名曲紹介】ベートーヴェン《ピアノソナタ第4番》Op.7

更新日:2022年2月9日


 ベートーヴェンの初期のピアノソナタの中で、第8番『悲愴』以外の曲はあまり顧みられないように感じます。確かに勉強として弾くことはあっても、やはり知名度や演奏効果の面で『悲愴』の地位は不動であり、他の初期ソナタをまとめて聴ける機会は貴重と言えるかもしれません。


 そんな初期ソナタの中にも、抜きん出た存在感をもつものがいくつかあります。その一つが、第29番 "ハンマークラヴィーア" に次いで規模の大きい第4番です。


 第1番から第3番までは3曲まとめて Op.2 、第5番から第7番までも3曲まとめて Op.10 という番号が与えられている様子だけ見ても、やや目立った存在であると認識する人は少なくないかもしれません。そのイメージ以上に音楽の中身はエネルギッシュなものになっており、技巧的にも非常に難しい部類に入ります。


 また作曲者自身は第4番を「Die Verliebte(愛する人)」と呼んでいたようで、特に裏の意味は無いと思うのですが、とても力を入れた作品であったのでしょう。現実の出来事に結び付けるには無理があるにせよ、大胆不敵で熱情的な性格であることはほぼ間違いないでしょう。


 

第1楽章

Allegro molto e con brio

Es-Dur


 第1主題は鼓動のようなビートに乗って始まります。この時点で既に推進するエネルギーが迸っています。「Allegro molto e con brio」の活力をもって突き進まねばなりませんね。


 ベートーヴェンと言えば f とp の対比を効果的に用いた作曲家であるというイメージはあると思いますが、ff と pp の対比だって出てきます。どうしましょう。



 また、異様な跳躍を利用したエネルギーの表現も用いられます。この右手の跳躍を怖いと感じるピアノ奏者は少なくないのではないでしょうか。



 第2主題は一瞬落ち着きを持ったものになります。しかしそれも束の間、ビートは息を吹き返し、ff の和音連打まで突っ込んでいきます。


 ユニゾンや駆け上がる半音階、さらには妖しい和声進行の分散和音を経て、力強く提示部を終えます。


 展開部は基本的に提示部の素材を組み合わせたものになっています。それだけならばいたって普通の展開部ではあるのですが、途中で a-moll や d-moll という少し遠めの調に転調した上で一気に Es-Dur の再現部に戻ってくるところが一つの興奮ポイントだと思っています。ベートーヴェンの実験姿勢は既に始まっています。


第2楽章

Largo, con gran espressione

C-Dur


 三部形式の重厚な緩徐楽章です。分厚い和音が目立ちまして、それも難しい要因の一つなのですが、それ以上にこの楽章を弾く時に苦労するのは休符の扱い方です。Largoでこの休符があってなお、ただ音楽がブツブツと停止したようにならずに、納得の行く空白を演出しなければなりません。



 中間部では、ピチカートのような伴奏に乗って和音を伴った旋律が朗々と歌われます。このたった1小節での転調もなかなか見事だと思います。


 As-Dur → f-moll → Des-Dur と進んできます。半音階といい、両手オクターヴのユニゾンと高音の呼応といい、ここは劇的な場面です。B-Dur で再現するというフェイントを行った上できちんと C-Dur に戻ります。





第3楽章

Allegro

Es-Dur


 メヌエットともスケルツォとも書かれておらず、es-moll 部分にもトリオという表記はありませんが、その位置ではあるでしょう。メヌエットではないですし、性格からもスケルツォ寄りでしょうか。フレーズの区切りにも工夫が見られます。


 交響曲では第1番に名ばかりのメヌエット(中身はスケルツォ)がありますが、ソナタも第1番 Op.2-1 にメヌエットらしくないメヌエットがあり、第2番からは潔くスケルツォになっています。


 中間部は es-moll です。同主調であるとは言え、この調は当時でも珍しいのではないでしょうか。楽譜の見た目はただの分散和音に見えますが、実際に弾いてみるとかなり迫力のある音響空間が立ち上る場面です。


第4楽章 Rondo

Poco Allegretto e grazioso

Es-Dur


 終楽章は例に漏れずロンドですが、A-B-A-C-A-B'-A (-Coda) というロンド・ソナタ形式になっています。いきなり属和音の響きから始まるのも洒落ていますね。可愛らしいテーマが何度も登場します。


 迫力があるCの部分、c-moll で32分音符の波に乗って激しい情感が噴出します。ベートーヴェンの c-moll は言わずもがなでしょうか。sf もてんこ盛りです。



 この曲において地味に面白いポイントは終結部ではないでしょうか。Es-Dur の属音をフェルマータで伸ばしたかと思ったら、それをそのまま半音上げるだけという転調をするのです。行き着く先は E-Dur 、そして何事も無かったかのようにヌルッと元の調に戻ります。ベートーヴェンなりの冗談なのかもしれません。



 中間部に出てきた32分音符の波に乗って、この長大なソナタは過ぎ去っていくように終わります。


 

 ベートーヴェンのピアノソナタはどちらかというと短調の方ばかりが人気になっているように思います。確かに劇的で格好いいですし、髪を逆立てたベートーヴェンの印象にも合致して受け入れられるのでしょう。


 僕の中での第4番は、生命力に溢れた力強い希望の肯定であります。先人たちの影響下にあって書かれた先の第1番~第3番、第19番と第20番からさらに歩みを進め、大胆不敵に「そうだ、これでいい」と笑うベートーヴェンの顔が浮かぶようです。


 このソナタを聴くと勇気付けられますね。ベートーヴェンのソナタの中でも大好きな1曲です。



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