• Satoshi Enomoto

【名曲紹介】ベートーヴェン《ピアノソナタ第19番 & 第20番》Op.49

最終更新: 6月9日


 ピアノ学習者が "ソナタ" を勉強するにあたって用いられるピアノソナタがいくつか存在します。一般的にはその前段階として小さなソナタたる "ソナチネ" に取り組む場合が殆どであると思いますが、そこからソナタへの移行時に取り組まれる定番があるわけですね。


 ハイドンの Hob.XVI: 35 、モーツァルトの KV 545 あたりが真っ先に挙がるでしょうか。どちらも調がC-Durであるという要因もあってか、人生初ソナタはおよそこのどちらかという場合が多いと思われます。


 ところで、このハイドンとモーツァルトとセットで語られるベートーヴェンにも、比較的そのような立ち位置のソナタがあります。それが第19番 g-moll と第20番 G-Dur という『2つの易しいソナタ』Op.49 です。



 「Op.49」という作品番号が与えられ、数字だけ見ると実験意欲溢れる中期の作曲のように見えますが、実際には第19番・第20番ともに第4番 Op.7 などの初期ソナタと殆ど同じ時期に書かれたものです。より細かく言えば第20番は第1番~第3番のセットOp.2 と第4番との間、第19番は第4番と同時期、と言ったところでしょうか(本当に厳密には判明していない)。


 ちなみにですが、ベートーヴェンのピアノソナタ第4番と言えば、番号付きの32曲の中でも第29番『ハンマークラヴィーア』に次いで演奏時間の長い大規模なソナタです。第4番のような大規模なソナタが書かれていた一方で、ほぼ同じ時期に小規模な第20番・第19番、そして忘れてはいけない連弾ソナタ Op.6 が書かれていたと聞くと、創作のバランスというものはありそうだなぁ、などということを呑気に考えたりもします。


 そういえば、第19番・第20番・連弾ソナタには、「ソナタとロンドの2楽章構成である」という共通点も見出だすことができますね。ソナタと言えば3楽章や4楽章の構成のものが比較的有名なので、2楽章構成のソナタと聞くとイレギュラーなもののように思われがちですが、ベートーヴェンの2楽章構成のソナタは意外に多いですし、ハイドンのソナタにもいくつか例が見られます。



第19番


第1楽章 Andante g-moll


 ソナタ楽章がAndanteであること自体は珍しくはないでしょう。ただベートーヴェンの作品の中では、選定侯ソナタに初手 Larghetto の先例があるとは言え、楽章を通してAndanteは初の例でしょうか。初期の他の短調のソナタのようなエネルギッシュなものではなく、沈んだ性格を持っていますね。


 提示部の第1主題と第2主題は一目(一聴)瞭然ですので、今一度指摘することは省きまして…


 展開部において、第2主題はほぼそのままの形で出てくるので発見は容易としまして、第1主題は使われなかったのでしょうか。それとも目立たないところで関連付けられているのでしょうか。


 展開部には新しい素材が登場していると考えるのが一般的な解釈ではあると思われますが、パーツとして展開部にも登場しているとも考えられるのではないかと、個人的には思ったりもします。

 まず、こちらが第1主題です。右手は刺繍からの跳躍、左手は和音の下行音型が見られます。


 展開部に出てくる新しいEs-Durの素材は、下行音型を基本としたものです。しかもその最初の階名は冒頭左手の動機と同じ「ミ - レ - ド - ティ」となっているのです。


 一方で「刺繍からの跳躍」は再現部へ戻る手前の部分で、縮小された形で登場していると見ることができるかもしれません。


 再現部の後、静かにG-Durへと落ち着いてゆくコーダをもって第1楽章は終わります。珍しく溌剌としたインパクトのある表現を控えた音楽となっています。


第2楽章 Rondo Allegro G-Dur


 ロンドは主題が何度も回帰する形式ではありますが、このロンドは主題以外の素材もふんだんに投入されており、華やかな性格なりの技巧も要求されるので、この楽章に限っては「易しい」とまでは言えないかもしれません。


 G-Durと言いつつも、早々と思い出したようにg-mollに転調したり、そうでなくとも借用和音を持ってきたりと、一筋縄ではない気ままさ(?)を備えた音楽となっています。増6の和音、減7の和音が持つ緊張感を気に留めておくだけでも、その効果は抜群に味わうことができるでしょう。




第20番


第1楽章 Allegro, ma non troppo G-Dur


 こちらは第19番とは対照的に明るく、しかし気品は失わない音楽となっています。ベートーヴェンだからって何でも無骨ではありませんよ。


 なお、なんとこの第1楽章には強弱記号が一切書かれていません。もちろん強弱を付けなくてよいという話ではなく、音楽の実態から考えて加減していくことが求められます。音の存在密度からも案外自然に導き出せたりもするとは思うのですが、それを考える教材としても有用かもしれませんね。


 この第1楽章の二つの主題は同じ動機を内包していることが指摘されています。


 まず第1主題。



 そして第2主題。



 意図的か偶然かは作曲者のみが知るところではありますが、ソナタの統一性への意識が働いたとすればなかなか面白い事象でしょう。


 第1主題と第2主題を足して2で割ったような短い展開部を経て、再現部も特に大きな捻りは無く終わります。


第2楽章 Tempo di Menuetto G-Dur


 ロンド形式で書かれていまして、様々なエピソードを挟みながら冒頭のテーマが何度も登場します。


 特にこの楽章の中で他に特筆すべきことと言えば、2箇所テーマに戻ってくる直前に「pp」が書かれている以外、やっぱり強弱記号が書かれていないという点でしょうか。そこ以外の(ニュアンスレベルの細かな)強弱加減を考えていくのも良い勉強ですよ。


 ただ、このロンドのテーマは作曲者にとってお気に入りだったようです。というのも、別の曲に転用されているのですね。ソナタ第20番の数年後に作曲された《七重奏曲》Op.20 (編成はCl. Fg. Hrn. Vn. Vl. Vc. Cb.)がそれです。リズムが複付点になっているという差がありまして、「もしかして元ネタの方も複付点に寄せた方がいい?」などということも考えなくはないです。



 この《七重奏曲》はさらにピアノ三重奏の編成に編曲され、Op.38 の作品番号を与えられました。元ネタの出版が最も遅かったわけです。《七重奏曲》の人気が高かった一方で、こちらのソナタは埋もれていたわけですから、仕方ないと言えばその通りなのですけれども。



 現在。ベートーヴェンの『2つの易しいソナタ』Op.49 は、ソナタの学習教材として多くの人たちに演奏されています。確かに作品の規模は比較的小さく、コンサートで映えるような曲ではないかもしれません。しかしこの2曲のソナタには、普段はダイナミックなベートーヴェンの、珍しくささやかな一面が映っていると、僕は感じるのであります。

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