唐突な話題ですが、全音音階という音階があります。
皆様に親しみのある長旋法ドレミファソラティドと短旋法ラティドレミファソラなどは、簡略化すれば全音と半音の音程の順列で構成されています(実際には全音の種類、半音の種類でも区別あり)。全音音階はオクターヴ間を全音の音程だけで構成した音階ということになります。
全音音階は音高が半音異なる2種類が存在します。さらに半音ずらすと元の全音音階と一致してしまいますね。この性質のために、メシアンの『移高の限られた旋法』の一つ目にも挙げられています。
特にドビュッシーの使用例が有名ですが、その前の時代にもグリンカやボロディンといったロシア方面の作曲家が効果的に用いています。ドビュッシーは若い頃にロシア音楽を研究していましたから、そこに由来している書法だとしても不思議ではないでしょう。あるいはガムランから着想を得た可能性もあるでしょうが…ドビュッシー事情には僕は詳しくありません。
さて、そんな全音音階ですが、その構成音を全て鳴らした和音はドミナントの機能を持つ和音として見なすことができると思います。
ドミナントの三和音から始めて、第7音と第9音を加えることにより V9 の和音が導かれます。
次に V9 の和音における第5音を上下にそれぞれ半音変位させます。半音下げたものは下方変位、半音上げたものは上方変位ですね。さらにその下方変位と上方変位の和音を重ね合わせます。その構成音と全音音階を比較してみると…
この用法は、例えばベルク『7つの初期の歌』の《夜 Nacht》の中で登場します。この歌曲は全音音階を駆使して夜の幻想的な情景を描きますが、全音音階の構成音がピアノのペダルによって飽和した和音がドミナントとなって輝かしく調性音楽のロマンへ雪崩れ込むわけです。
全音音階の全ての構成音を鳴らす時、その和音内での配置転換や読み替えによって恣意的な方向への転調をすることが可能になります。
この用法をどのように使ったかはその作曲家ごとに異なるでしょうが、調の境界が曖昧になっていったであろう19世紀ロマン派の末期においては、このようなドミナントの用法は音楽上の要求に答えるものであったかもしれません。
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