• Satoshi Enomoto

誰がためにピアノは在る:ストリートピアノについて

 先日、関内と品川のストリートピアノをそれぞれ別の日に弾きに行った。ストリートピアノというものについては、大学の同期でありハンガリーに留学していた野中拓人くんに話を聞いて知っていて、それが今なら関内と品川にあるとのことで行ってみたのである。

 関内に行った時にはちょうどマリナードの社長さんがいらっしゃっていて、少しお話をすることができた。今はまだどうしても元々ピアノを弾ける人が弾きに来ることが多いのだが、ピアノを弾けない人でもどんどん触ってもらって、ピアノに触れる機会になれば、と仰っていた。とても良い試みだと改めて思った。

 そして日が変わって品川。こちらはそもそも人通りが多いところであり、それに伴ってピアノを弾ける人も多い。きっと首都圏各地から集まっていたことだろう。Twitterでなんとなく情報を得てはいたが、やはりこちらは腕自慢が集う場所になっていた。そりゃあそうだ、自分の演奏を聴かれるのに物怖じしない連中じゃなければ、こんなに人通りの多いところのピアノを弾こうなんて思えない。なんとなく関内のピアノよりもハードルの高さを感じた気はした。

 で、品川のストリートピアノが1週間早く撤去となったのはその直後であった。なんでも、一個人がそこでライヴを計画したのだとか。


 言語道断である。ストリートピアノは “あなたのピアノ” ではない。


 ストリートピアノの撤去は「ライヴをやられたら安全の確保ができないから」という理由で説明されていたが、まず、それ以前に「ストリートピアノでライヴをやる」という時点でストリートピアノの理念に反していると言っていいだろう。ストリートピアノを路上ライヴか何かと勘違いしているようだ。

 ストリートピアノは “誰でも自由に弾いてよい” ピアノである。ピアノを弾ける人だけではない。ピアノを全く弾けない人でも、ストリートピアノに触れて弾いてよいのである。それは1本指でさえ、たった1音鳴らすだけでさえ構わない。

 ストリートピアノでは、プロやアマチュアや未経験者の壁は一切無く、その場にいる全ての人が演奏者になり得るし、聴衆なのである。そして、そこではプロだの何だのという肩書きは一切機能しないし、させてはならない。ストリートピアノの前では誰もが平等に名も無きただの一市民になるのである。ストリートピアノを弾く時には、いくらプロのミュージシャンだろうが、通りすがりのおじさんや、ピアノを弾いたこともない小さな子どもたちと全く同じ立場なのである。たとえそれがグールドやコチシュであろうとも、その時だけは “ピアノが弾けるらしいどこぞのおじさん” となるのだ。だから僕もストリートピアノの前では “ピアニスト榎本智史” ではなく “ピアノが弾けるらしい推定アラサーお兄さん” である。

 ピアノの経験は関係無い、国籍も人種も関係無い、そしてあなたがどんな人間であるかさえも関係無い。共通点は「ピアノを囲んでその場にいる」という、ただそのたった一点だけで人の間を繋ぐのがストリートピアノという存在なのである。ストリートピアノを弾くという行為は本当はミュージシャンが音楽を提示するイヴェントではないのだ。ピアノを囲む全てのの人がピアノと音楽を分かち合う「場」そのものがストリートピアノなのだ。

 ところがどうした! 自分の名前や立場を主張し、ピアノを独占したがる不届きな輩が出現してしまったではないか!

 確かにわからないわけではない。こんなところでピアノを披露する人間に承認欲求が微塵も無い奴なんていない。人前で弾きたいと思わなきゃ普通人前でなんか弾けない。承認欲求というよりは、場所を完全に間違えていることが問題なのだ。あなたの名前でピアノを弾きたいならば、ライヴハウスやホールを借りて自分の名前を冠したライヴでもコンサートでもやればよろしい。ストリートピアノは “みんなのピアノ” なのである。それはつまり、“あなた一人のピアノ” ではないということを意味するのである。ストリートピアノを弾きたいならば、あなたは自分の名前を捨て、“みんな” の中に入って行かねばならない。それがストリートピアノの流儀である。だから、個人の名前を冠するライヴをストリートピアノでやろうということ自体が、ストリートピアノを否定しているのである。

 どうも今回の原因となった人はストリートピアノについて「ライヴハウスを借りるお金や手間を省いて自分のライヴができるぞ、ラッキー!」とさえ思っているのではないかと邪推してしまう。そしてきっとそこまでは想像していなかっただろう、“あなた” がストリートピアノを奪ったのだ、ピアノを囲んでいた ”みんな” から!

 ストリートピアノがどのような意義をもった存在であるのかを、ピアノを囲む全ての人が今一度考え、心に留めておいてほしい。もしもまた誰か一人でもピアノを自分のものにしようとした時に、再びピアノは僕たちの前から姿を消すことになる。

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