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  • 執筆者の写真Satoshi Enomoto

【雑記】学歴や賞歴を誉められることに居心地の悪さを感じる


 学歴や師事歴、コンクールの受賞歴などを音楽家としてのプロフィールに書くことは広く行われています。確かに聴衆からすれば、どこの馬の骨ともわからないような音楽家よりはあそこの馬の骨とわかっている音楽家の方が信頼度は高いでしょう。それに加えて、学歴や賞歴の内容経験での多くのスペシャルサンクスを紹介しておく意味で、僕も広く行われるように、学歴も受賞歴も一応公式のプロフィールに載せています。


 そのことは事実なのですが、周囲の音楽家や一般の方々から「お前はそういうことをもっとPRしろ」と言われることがあります。過去には確かに心無い人から「コンクール受賞歴も無いくせに!(※当時既に受賞歴はあった)」という罵詈雑言を送られたこともありまして、その時ばかりはイラッとしたこともありましたが…


 確かに「大学院の音楽研究科修士出ました」とか「コンクール入賞歴あります」とか、あとは最近追加された「CD出てます」というプロフィールは売り文句として機能するものでしょう。個人的にはとっととYouTubeチャンネルの演奏聴いて判断してくれと思わないでもないですが、先にチラシや文字情報に目が留まる方もいらっしゃるでしょうから、それを出していくのが有用ではあるとは理解できます。


 しかしどうしても個人的な心情を書かせていただくと、学歴や賞歴を自分でPRするだけでなく、それらを他人にPRされるのすらも僕は苦手です。端的に言えば「居心地が悪い」です。


 確かにそれらの音楽歴は今の僕の音楽に大きく影響しているものです。それらのうち、どれが欠けても今の僕は無いでしょう。それは確かにその通りですが、一方でそれらの経歴時点の自分は今現在の自分ではないというのもまた真実であります。


 言ってしまえば、学部時代に入賞した時と、学部を卒業した時と、大学院時代に入賞した時と、大学院を修了した時と、心身ともに壊して仕事を辞めた時と、去年CDを収録した時と、まさに今この時では、僕はどれも異なる演奏をしているはずです。少なくとも学部を卒業した時のような方向の演奏の要素は現在殆ど残っていないと言ってよいでしょう。


 そもそも学生時代に弾いた時のような音楽の考え方、作り方、弾き方を今もう一度しようとは思いません。今の方が断然、もっと良い音楽ができます。学生時代の受賞歴などというものは、今現在の僕がやろうとしている音楽を聴きに行くかどうかを判断するための材料になどほぼなり得ないのです。その経歴は過去に審査員に認められたことがあるという情報にすぎないと思っています。


 あとはそのような「過去の栄光をPRする」ということ自体の未練がましさのようなものを感じてしまいます。「昔は凄かった」と宣うのは「今はそうではない」ということを露呈させるようなものです。限られた曲を長期間かけて準備して賞を貰ったことよりも、たくさんの曲を一気に練習して2時間のコンサートを弾き切っている今の状況の方がよほど凄いことをしているという自負があります。「最近の演奏歴」を書けばそちらの方が実状には近そうだ、とも考えているところです。


 なにはともあれ、僕が他の人に紹介される時に、学歴や受賞歴のことなどをPRされ、そのことで拍手が起ころうものならば、僕の背後にある張り子の榎本智史像が拝まれているような気がして、居心地も気味も悪いという心情を一人で味わうことになっているのです。拍手(ブーイングでもいいですけど)をするなら演奏の後に僕に向かってしてくれ、と思います。


 コロナ対策も緩和されている内ですし、また色々なところに顔を出して気軽に何でも弾いてみせるみたいなことも再開していこうかなと思うところです。そうした方が、自分が今やっている音楽を聴いてもらえるでしょう。それで面白いと思ったらコンサートに来てくれればいいし、それでつまらんなと思ったらコンサートには来なくていい。こんなにわかりやすいことはないですね。

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