シェーンベルクの名前は、専ら「無調」や「十二音音楽」と結びつけられて認知されていることでしょう。しかしその一方で、《浄められた夜》や《グレの歌》などの作品によって、彼が元々は後期ロマン派の作曲家として出発していることも知られていることと想像します。
ところで、彼は音楽学校の出身ではありません。16歳の時にインフルエンザで父親を亡くしたことから、実業学校を中退して銀行員として働き始め、終業後や休日に独学で作曲を学んでいたという経緯があります。
働いていた銀行が倒産して失職した際に「僕は幸福だ! 職を失った!」というパワーワードをぶっ放したことを周囲の人々が覚えていたようですが、その少し前にシェーンベルクはアマチュア・オーケストラ・サークル『ポリュヒュムニア』に唯一のチェロ奏者として入団しました。そのオーケストラの指揮者こそが、後にオペラ作曲家として名を成したツェムリンスキーでした。
シェーンベルクが公式に作曲を師事したと言える唯一の作曲家こそがこのツェムリンスキーでしょう。それまでにシェーンベルクはブラームスやドヴォジャークの音楽を好んでいましたが、ツェムリンスキーの影響によってヴァーグナーの音楽にも興味を持つに至ります。
さて、ツェムリンスキーが指揮、シェーンベルクがチェロを担当した『ポリュヒュムニア』の第一回演奏会において演奏されたのが、弦楽とハープのための《ノットゥルノ》です。長らく消失したと考えられて来ましたが、既に目録に入っていた《アダージョ》というタイトルの作品が、この《ノットゥルノ》と同一作品であったことが研究によって確認されました。
20世紀前半のクラシック音楽の革命家として扱われがちなシェーンベルクその人が、まさにロマンティックな19世紀音楽の末裔であることを認められる作品となっております。
曲の途中から登場する独奏ヴァイオリンはそのままに、弦楽合奏とハープのパートをピアノ連弾に編曲しています。
低音域から高音域まで自在に駆け回るハープのパートは流石にそのままピアノ連弾に置き換えることができなかったので、分散和音のスタイルは維持しつつも経過音などを加えて音域を調整しました。譜面上ではセコンドの左手に割り振ってありますが、それぞれの音を右手で取るか左手で取るかは演奏者のやりやすいように融通を利かせていただければと思います。「榎本自身はこう弾いている」という実演を見せることもできますので、もしも運指に困った場合はご相談ください。
19世紀末ロマンへの憧憬を感じながら弾いていただけたら幸いです。
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