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執筆者の写真Satoshi Enomoto

【ソルフェージュ・雑記】階名感覚に気付いた話

 僕がピアノを始めたのは5歳の時です。「3歳から始めました!」みたいな人がいるこの業界では一番早い部類というわけではないですが、まあ早期教育と言えば早期教育でしょう。


 今現在でこそ「階名を導入しようぜ!」などと主張していますが、僕は確かにピアノを習い始めた当初はいわゆる固定ドで学んでいました。どころか、楽譜に固定ドを書き、それを鍵盤の位置と一つ一つ対応させて弾いていて、調号も1つずつまでの調で書かれた曲だけをやっていたはずです。ここまでは慣習的なピアノ学習そのものでしょう。そこまで特異な教育を受けていたわけではないです。


 

 しかし、本当に偶然にある日、教えてもらうでもなくちょっとした発見をしました。「ハ長調とト長調とヘ長調で使われる音って、並べたら音同士の幅の関係が同じじゃないか?」ということをなんとなく感じたのです。当時小学校中学年頃の榎本少年には、どの長調もドレミファソラシドと聴こえていたのでしょう。なお、この時に「階名」という名称は知っていたもののそれはドレミを用いる音名のことである(ハニホやCDEも全部音名と呼ぶが、音名の中でもドレミを使うものだけを特別に「階名」と呼んでいる)と誤認識していました。


 鍵盤を見て思い至りました。「ハ長調のドレミファソラシドというそれぞれの音の白鍵の間には黒鍵があるところと無いところがあるぞ」ということに。



 そう、ミ-ファとシ-ドの間には黒鍵が無いわけです。つまりその分だけミ-ファとシ-ドは他の隣り合う音同士よりも半音だけ幅が狭い。


 この広い幅と狭い幅(つまりは全音と半音のこと)を保ったまま鍵盤上を左右にシフトしてもドレミファソラシドに聴こえるのでは?と思って試してみたところ、これがその通りだったわけです。




 ト長調やヘ長調に限らず、どこからでもドレミファソラシドを弾けるということを発見したのでした。見かけ上で黒鍵が増えるということは、ハ長調が順次崩壊していくのではなく、ドレミファソラシドが保たれるためのものだったという発想の転換も起こりました。


 

 あとは「どの音からドレミファソラシドを始めたら♯や♭がいくつ、何の音に付くか」をリストアップすれば、五度圏に辿り着くまではそう長くはありませんでした。きちんと楽典を勉強して「何調の調号はいくつで、どのような順で付いていくか」ということを学ぶ前に、経験的にこの法則を見出だしていたのでした。


(以下、点線スラーで示した ミ-ファ、ティ-ド が半音。ラティドレミファソラで自然短音階、ドレミファソラティドで長音階が導き出される)



 この発想に辿り着いたことによる利点はいくつかありました。


 まず、調号が増えることに対する恐怖心がほぼ消えたこと。嬰イ短調だろうが変ハ長調だろうが、短調や長調であることには違いないわけです。どんなに調号が多かろうと、どんなに黒鍵が多かろうと、聴こえてくる音楽の秩序が混沌へ向かうようなことを意味しているわけではないと思ってからは譜読みが楽になりました。もちろんピアノに関して、白鍵と黒鍵の分量比が弾き方に大きく影響を及ぼすことは認めますけれども。

 また、そのことと地続きであることだとは思いますが、鍵盤上で迷いにくくなったということも挙げられます。その調を成す基本の7音を把握している=ドレミファソラティドがそれぞれ何の音に対応するかを認識していることによって、旋律の方向性やカデンツも見失わずに済むのです。おそらくハノンのスケールを音楽的に練習する際にも活きることでしょう。

 

 ところで、階名を学習するにあたって「ピアノを初期教育でやらせるのはよろしくない」と言われるのは、慣習的にピアノの学習が長期間ハ長調で行われ、「調号が徐々に増えていくこと」が「ハ長調が徐々に発展していくこと」であるかのように教えられるからです。この理屈によって「調号が多い曲ほど難しい」という迷信が広まったのでしょう。


 しかし僕の場合は「ピアノ学習者」であったからこそ、音同士の関係を聴くことと鍵盤の目視確認によって階名感覚に気付いたという面もあるのです。ひょっとすると、ピアノの使い方によってはピアノ学習者でもすんなりと階名に適応できるのではと思うところです。

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