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【演奏会後記】『象徴と時間 近代フランス音楽の開拓者たち』

  • 執筆者の写真: Satoshi Enomoto
    Satoshi Enomoto
  • 5月29日
  • 読了時間: 3分

更新日:5月30日


 先日はコンサート『象徴と時間 近代フランス音楽の開拓者たち』を開催させていただきました。ご来場くださった皆様、本当にありがとうございました。サティとラヴェルを中心とした近代フランスプログラム、楽しんでいただけていれば幸いです。




 さて、これは楽屋話のような記事となります。ただの雑記と思ってお読みください。


 榎本は今回のような近代フランスものを普段から弾いているかというと、どちらかと言えば弾いていない側のピアノ弾きです。サティだけは好きで不定期的にガラコンサートなどの機会に取り上げていたりもしましたが、ドビュッシーすらも最近はあまり取り上げておらず、他の作曲家たちに至ってはこれまでに全く弾いてこなかったと言っても過言ではありません。


 意気込んでラヴェルまで弾きましたが、それこそラヴェルを自分の有料のコンサートで弾いたのは何を隠そう今回が初です。学生時代の授業内や、卒業後にはプライヴェートな集まりや試演会で弾いていた程度です。


 世間にはドビュッシー弾きもラヴェル弾きも多く存在します。彼らはピアノという楽器の扱い方が上手いので、自分で練習している時から「こんな音がピアノから出てくるのか!」という喜びを味わうことができます。多くのピアニストが彼らのピアノ作品を好む理由は弾いてみてからよくわかりました。


 ピアニストたちがこぞって弾くドビュッシーやラヴェルを、わざわざ榎本が得意分野でもないのに弾く必要も無いな…と、つい最近までは思っていたのです。自分が弾く意義を見出だせていなかったとでも言いましょうか。


 その姿勢が「ちょっとやってみるか」という方向に変わったのは、いずれの曲についても「こんな風に弾けばいいのだろう」というアイデアが浮かぶようになったからです。独断と偏見が大いに混入した自覚もありますが、榎本が考えた「ここってこういうことなんじゃない…?」というアイデアは演奏に反映できていると思います。


 それにしても、今回のプログラムは自分にとっても「このような書法・奏法を用いるとこのような音楽が出てくる」というノウハウの範囲を広げることに役立ったように感じます。シェーンベルクらの音楽を弾く時に求められたものとはまた異なるテクニックを鍛えることになりましたし、結果としてラヴェルも弾けることが判明しただけでも大収穫です。


 もっと以前からラヴェルに取り組んでいればより早くこのテクニックが手に入った可能性も無くはないものの、やはり自分の場合はシェーンベルクらの音楽を経た後であるからこそラヴェルにも取り組めるようになったという順である気がします。何はともあれ、20世紀音楽に取り組んでいく身としては新しい方向に挑戦する切っ掛けが掴めたということでしょう。


 今後も既にいくつかの演奏会企画が立ち上がっております。ご興味のある方はぜひご来場ください。

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