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【雑記】SNSに演奏を載せたら既存音源の著作権侵害を申し立てられた

執筆者の写真: Satoshi EnomotoSatoshi Enomoto

 昨今は演奏会の広報もすっかりSNS流行りでして、確かにその拡散力自体にはそれなりの効果はあるように感じます。演奏の動画を投稿したり、あるいは演奏配信をしたりといったこともできますから、その演奏者がどのような演奏をしてくれるかが予めわかるという点は聴衆にとっても利点でしょう。


 その一方で、やはりその音楽の著作権は気になる観点でもあります。作品自体の著作権が生きている場合には慎重になるものですね。動画内に既存の音源を用いる場合などは更にその既存の音源の著作権も気にすべきではあるでしょう。


 僕は自分がピアノを弾いたり歌ったりすればよいだけですから、既存の音源を使うことはありません。著作権のある作品を弾くことが無いわけではないですが、それらは投稿するSNSを絞り、著作権情報が付くことにも納得して公開しています。


 過去に一度、YouTubeにクララ・シューマンの歌曲の伴奏パート(電子ピアノで弾いて録音したもの)を公開した時に何故か著作権に引っかかり、「クララ・シューマンの著作権はとっくに切れていますよ!」「僕自身が弾いた音源ですよ!」と異議申し立てをしたことがあったという点は苦い思い出として保たれていました。


 つい最近までは。


 

 問題は特に去年の後半から立て続けに起こりました。怒り心頭なのでSNSの名前も出しますが、この件はInstagramにおけるものです。


 去年は僕が新ウィーン楽派に焦点を当てたリサイタルを行うこともあって、それらの作品を演奏する機会をなるべく多く作りました。その集客にもやはりSNSを活用することになるわけですが、YouTubeでの配信には慣れていないので、Instagramでのライブ配信を行おうと考えていました。


 特に耳に馴染みにくく難解であろうと思われたヴェーベルンの《ピアノのための変奏曲》の第3楽章の練習をライブ配信した時に事件は起きました。練習ですので通しては弾いておらず、またミスタッチもありながら繰り返し弾いていました。その時に突然配信が停止したのです。


 その原因は「配信の中で既存の音源の著作権を侵害していると確認されたため」ということでした。繰り返し書きますが、僕は自分の手でヴェーベルンを弾いていましたし、配信の中で既存の音源は一瞬たりとも流していません。ご存じの方はヴェーベルンの《ピアノのための変奏曲》の第3楽章を思い浮かべてほしいのですが、あの非常に音数の切り詰められた音楽を部分的に繰り返して弾いていたところを「既存の音源」であるとInstagramには判断されたのです。


 まさかミスタッチを含みながら反復練習をした音源をリリースするような演奏家は存在しないでしょう。たまたま部分的に音の一致度が既存の音源っぽかったか、もっと邪推するならば何の関係も無い音源と間違えられた可能性すらあるのではないかとさえ思います。少なくとも人間の目や耳によるは判断は行われていないように感じられました。


 この件の後、過去に投稿した《ゴルトベルク変奏曲》や《エリーゼのために》といった比較的有名な作品の演奏動画についての著作権侵害の申し立てが届くようになりました。当初は異議申し立てを行い、それが受理されて動画が復元されたりもしたのですが、その後も同じ演奏動画に対して同じような著作権侵害の申し立てが繰り返し行われました。もちろんこれらの演奏動画についても僕自身がピアノを弾いていますし、既存の音源は一切使用していません。一方で、スマホで撮っているために入ったノイズ、どうしても残ったミスタッチ、自分勝手な解釈による装飾音やルバートもこれらの演奏動画には含まれます。


 つまるところ、Instagramは一体どのような方法でどのような基準によって、音楽のどこをどのように聴いてこれら生身のユーザーの手による演奏動画を「既存の音源の使用」であると断定しているのかが不明であります。単純に音の高さと数がある程度一致しているだけで「同一の音源」であると判断しているのでしょうか。


 

 どうやら僕の他にも同様の事例に遭遇した方々がそれなりにいらっしゃるようです。ある方からは「もう有名な曲の演奏は投稿できないものと思った方がよい」とまで言われました。現状が続くのであれば、音楽家としてもその前提でInstagramを利用するか、あるいはそもそも利用を終了するしかないでしょう。演奏の広報ツールとして役に立たないわけですから。


 実際がどのようであるかは知りませんが、演奏動画について「既存音源を使っているかどうか」をAIが自動判断しているという話も聞きます。もしその通りであるならば、そのAIは人間の能力には到底及び得ない、随分と粗悪なものであると言わざるを得ません。AIは音の高さしかろくに測っていないでしょうが、人間はもっとずっと多くの重要な音楽情報を受け止めていると思います。


 僕は日頃から、AIがその有能さによって人間の仕事を奪えるなどとは微塵も考えていませんが、逆にAIがその無能さによって人間の権利を奪うことは充分にあり得ると考えています。現に、「動画の主自身の手による演奏」か「既存の音源の利用」かという判定をAIは誤っています。演奏者自身が弾いた演奏動画は、「既存の音源」と誤判定したAIによってその存在を侵害されるのであります。これを良しと判断されるならば、もう手の施しようは無いのですけれども。

 
 
 

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