top of page
  • 執筆者の写真Satoshi Enomoto

【名曲紹介】ベートーヴェン《ピアノソナタ第24番「テレーゼ」》Op.78


 ベートーヴェンのピアノソナタに関して、20番代のソナタでは恐らく第21番や第23番、第29番といった大規模なもの、が人気を集めるでしょう。その一方で、小規模な興味深いソナタも存在しています。2楽章構成のピアノソナタはハイドンにも前例がありますし、ピアノに限らなければモーツァルトも書いていますから、その楽章構成自体が特に奇妙というわけではないのですが、しかしその一曲一曲がやはりそれぞれの特色をもった作品であることは認められるでしょう。


 僕は今、その中の第24番を必死に練習しているところです。演奏時間はリピートして弾いてもたった10分ほどという規模の、性格的には可愛らしい表情をもつソナタですが、いざ弾いてみると非常に繊細なコントロールと安定感を奏者に要求する作品です。2月12日に演奏することになっているわけですが、すっかり練習にかかりっきりで宣伝を効果的に展開できていないということもあり、手元の考えも交えて記事にして放流しようという次第です。


 

 このソナタ第24番Op.78が作曲されたのは1809年のことです。前作の第23番「熱情」の作品番号がOp.57ですから、しばらくピアノソナタという編成から離れていたことが窺えるでしょう。この間には交響曲第4番~第6番、ヴァイオリン協奏曲、ピアノ協奏曲第4番、同第5番などを完成させています。


 第24番の献呈先は、ベートーヴェンの生徒であったテレーゼ・フォン・ブルンスヴィック。そのため、このソナタの通称が「テレーゼ」となっています。有名な《エリーゼのために》の本当のタイトルが「テレーゼのために」だったのではないか、という仮説がありますが、その仮説が言う「テレーゼ」はテレーゼ・マルファッティという別のテレーゼですので、ソナタ第24番のテレーゼとは異なります。


 ベートーヴェン自身がこのソナタに愛着をもっていたという話を(信用ならない)秘書のアントン・シンドラーが伝えているようですが、ベートーヴェンはチェルニーにも同じ話をしているっぽいので、まあ信じてもよいのかもしれません。いずれにせよ、この曲へのこだわりはありそうです。


 このソナタの主調は嬰ヘ長調 Fis-dur という、この時代ではなかなか珍しい調かもしれません。全く前例が無いわけではありませんが、ハイドンの『エルデーディ四重奏曲』Op.76 の5曲目、《弦楽四重奏曲 第79番》Hob.III:79 の第2楽章 Largo cantabile e mesto や、《交響曲 第45番「告別」》Hob.I:45 の終結部などが同じく嬰ヘ長調です。いずれも深く印象に残る音楽でしょう。♯6つというこの調をわざわざ選ぶには相応の考えをもってのことであると判断することは安直と言うほどでもないでしょう。


第1楽章

Adagio cantabile 2/4

- Allegro ma non troppo 4/4


 第1楽章は温かい序奏から始まります。このたった4小節の序奏部はその後再び登場することも無く、呼び掛けのようなものでしょう。イェルク・デームスは「重音は愛の言葉であり、フェルマータは感嘆符である」と書いたそうですが、たしかにそのようなロマンティックな受け止めをしてみると、表現上もしっくりくる節があります。


 提示部も比較的ゆったりと始まりますが、まもなく第一主題は推移部の精巧な16分音符のパッセージに入ります。パウル・バドゥラ=スコダは「金銀の細かな針金細工」「蝶のはばたき」などと書いていますが、それは確かに納得のいくものです。柔らかい材質のイメージではなさそうですね。どのみち細かいパッセージが入ってくるからこそ、素直に "ma non troppo" に従って突っ込みすぎないようにしておいた方がよいかもしれません。



 第二主題はどこだろう…と探してみたものの、妙に短いですが調が明確に嬰ハ長調から始まっている dolce の部分からという判断になりました。しかし、ベートーヴェンの書く dolce の指示は他の曲においても格別のものでしょう。この部分では特に温かみをもった音楽を作る必要があると思います。


 展開部は第一主題と推移部の発展によって構成されます。上で第二主題と捉えた音楽は登場しません。特に推移部を発展させた音楽の比重が大きいでしょうか。16分音符のパッセージの下に付点のリズムが入りますが、これは第一主題の付点に由来するものと捉えられるかもしれません。


 展開部も短く過ぎ去り、再現部も推移が長くなる以外には特に目だった特異な変化も無く終結に至ります。



第2楽章

Allegro vivace 2/4


 A-A-B-A-B-A-終結部 というロンド形式ではありつつも、調の関係から展開部の無いソナタ形式の要素も混じっているように見えなくもありません。さらには f と p の交代 → cresc.で走り出していくという類似からはB主題がA主題から導き出された同質のものと考えることもできるかもしれません。


 とりあえずAを第一主題、Bを第二主題として読んでみましょう。すると調が、


A 嬰ヘ長調

A 嬰ヘ長調(繰り返し)

B 嬰ニ長調→嬰ニ短調

A ロ長調

B 嬰ヘ長調→嬰ヘ短調

A 嬰ヘ長調

 

 …と変遷していることを掴めると思います。


 第一主題は意外な和音から始まります。最初の時点で緊張感のある音程を含む和音ですから、f の圧がかかるのは納得がいくでしょう。2つ目の f にも減七の和音が置かれて緊張を高めています。Allegro vivaceですからテンポは相応に速いであろうと想像できますが、これらの和音も捉えて緊張・弛緩の関係をきちんと遂行すれば、細部をぶっ飛ばしていくような速さの音楽に転がってしまうことは防げると思います。


 一回目の第二主題では嬰ニ長調というこれまたあまりお目にかからない調が部分的に登場します。主音を同じくする長調と短調の交代によって対比を描いていますね。



 ところで、この16分音符のパッセージの中には考慮すべき箇所があります。46-47小節だけ音が飛んでいて弾きにくくなっています。他のところにある同様のパッセージはきちんと弾きやすく接続されているのですが…


 誤植ではないかと思いきや、自筆譜もそのように書かれているので、真意は想像しかねるところです。ベートーヴェンがそう書いたのだから変えてはいけない!と判断してもよいでしょうし、47小節は16小節・104小節と揃えるというのもアリだと思います。榎本がどう弾くかは本番でのお楽しみということで…



 ところで、各エピソードを繋ぐ素早いパッセージはこの曲の中でも特に演奏が難しい箇所であると思います。同じ2音を両手で交互に弾くという技巧であるわけですが、この記事で「別のテレーゼです」と先述し関係は無いと言ったばかりの《エリーゼのために》には同じ技巧が登場します。片手でまとめて弾いてしまったのでは出すことができないアーティキュレーションが要求されていると考えてよいでしょう。テンポはまるで異なりますが。



 

 自分が練習している中で感じた所感ではありますが、この第24番は弾いてみなければわからないベートーヴェンの作曲技術・演奏技術が詰まっていると思います。ベートーヴェンのピアノ音楽が骨太であるだけではないこと、すなわち骨太な音楽だけを想定して鍛えてきた技術では適合しないことを痛感させられるでしょう。学生時代にこのソナタにチャレンジしていた同期が数人いましたが、なるほど、じっくりと練習する時間のある学生時代のうちに、精神的なことはさておいてでも一度弾いておいた方がよい曲であるという認識を今回持ちました。


閲覧数:183回0件のコメント

Comments


bottom of page