2022年には個人的にも大きな位置を占める本番がいくつか予定されています。その最初のものが、1月に開催した『古典派のやさしいソナタ』でした。古典派のソナタを5曲(+アンコールの悲愴)連続で弾くともなると、これはなかなか気軽に開催できるものではないわけです。2月、3月とソロの本番をガラコンサートの出演のみに留めたのはそれも理由です。
しかし、この4月には僕の音楽人生始まって以来最大と言って良いほど大変な本番を迎えることになります。その要因は演奏するプログラムにあります。
というわけで、Twitterでは既に情報公開していましたが、告知記事をようやく書きます。お待たせしました。
2022年4月20日(水)
18:00開場 18:30開演
『ドイツ音楽の夕べ』/
『月に憑かれたピエロ』
【会場】
かなっくホール
JR東神奈川駅・京急東神奈川駅より徒歩1分
東急 東白楽駅より徒歩10分
【チケット】
前売 3,000円
当日 3,500円
【出演】
『ドイツ音楽の夕べ』
中林嘉愛(ソプラノ)
大石洋史(バリトン)
大友幸太郎(クラリネット)
伊東紗希(ピアノ)
千葉奈実(ピアノ)
『月に憑かれたピエロ』
石井裕望(指揮)
山﨑巴瑠歌(フルート/ピッコロ)
大友幸太郎(クラリネット/バスクラリネット)
池田実結(ヴァイオリン/ヴィオラ)
安藤葉月(チェロ)
中林嘉愛(シュプレヒシュティンメ)
榎本智史(ピアノ)
【曲目】
『ドイツ音楽の夕べ』
シューベルト《春への信仰》
メンデルスゾーン《ヴェネツィアの舟歌》
ヴォルフ《春!》《庭師》
ベルク《ピアノソナタ》
シュポア《6つの歌》ほか
『月に憑かれたピエロ』
シェーンベルク《月に憑かれたピエロ》
【予約申込】
または当ホームページCONTACTより
一見すると、チラシの両面にそれぞれ別々のコンサート情報が書かれていると思われるかもしれませんが、実際には同じ演奏会です。《月に憑かれたピエロ》の演奏時間は全曲通して35分ほどですので、それだけだと演奏会としては短いのですね。しかもプログラムとしても尖りすぎてしまいますし。
コンサートの前半が『ドイツ音楽の夕べ』、後半が『月に憑かれたピエロ』となっております。前半はお馴染みのドイツ・リートを聴きつつ、そこにベルクなども聴いて19世紀のロマンティシズムを堪能していただき、20世紀への心の準備をした上で後半の幻想的な世界も味わっていただきたいと思います。
…というわけで、僕が出演するのは後半の《月に憑かれたピエロ》です。主催の中林に「ソロも弾く?」と当初問われましたが、今回はアンサンブルに専念します。ほぼ確実にソロまで手がまわらないと思われるからです。
《月に憑かれたピエロ》と言えば、20世紀オーストリアの作曲家 シェーンベルク(1874-1951)が書いた、ドイツ表現主義音楽の大傑作の一つです。少なくとも音楽を専門に勉強した人ならドビュッシーの《牧神の午後への前奏曲》、ストラヴィンスキーの《春の祭典》などと同じくらいの扱いで知っていてほしい作品ですが、如何せん演奏が非常に困難で、実演される機会が殆どありません。最近はピアノ伴奏版や抜粋などという形でもちらほら演奏されるようになってきたのは良い風向きだと思いますが、他の作曲家に比べればまだまだといったところでしょう。
《月に憑かれたピエロ》が作曲されたのは1912年。《弦楽四重奏曲第2番》Op.10、《架空庭園の書》Op.15、《3つのピアノ曲》Op.11などによって従来の機能和声に拠らない作曲方法に踏み出したシェーンベルクが、《期待》Op.17などの作品を経て築いた一つの到達点であります。《月に憑かれたピエロ》の後にシェーンベルクは様々な事情が重なって新作発表を殆ど沈黙し、その沈黙を打ち破る形で十二音音楽を発表しましたから、やはりシェーンベルク個人の作曲歴の中でも重要な位置にある作品と言えるでしょう。
楽曲としてのジャンルは『メロドラマ』というものに分類されます。普段からクラシックを聴いている人にとっても、あまり聞き慣れない名前であるかもしれません。この『メロドラマ』という呼称は、歌ではなく詩や台詞の朗読に音楽を付けた作品を指します。なにもシェーンベルクが考案した形態というわけではまったくなく、それよりずっと前の時代から様々な作曲家が作品を書いています。メロドラマの作曲家として、シューベルトやシューマン、リスト、さらにはR.シュトラウスあたりが比較的有名でしょうか(ドイツで盛んだった)
シェーンベルクの《月に憑かれたピエロ》も、歌い手はシュプレヒシュティンメと呼ばれる歌と朗読の中間のような方法で、リズムと誇張された抑揚をもつ朗読を行います。初演も担当した委嘱者、アルベルティーネ・ツェーメも歌手というよりは女優でした。まあ、ツェーメの師匠はコジマ・ヴァーグナーなのですがね。
この作品のテキストである『月に憑かれたピエロ ─ ベルガモのロンデル』という詩集は、ベルギーの象徴派詩人アルベール・ジローの作品です。この50篇に及ぶ詩はハルトレーベンによってドイツ語訳されました。シェーンベルクが自分からこの詩集を選んだわけではなく、当初はツェーメがこの詩集を指定して作曲を依頼したのですが、この不気味で狂気に満ちた幻想的な詩集にシェーンベルクは熱中し、もはやツェーメが選んだ25篇とは若干異なる21篇の詩をセレクト、順番も変えて作曲したのでした。そのうち別記事として楽曲解説も書きたいところです。
《月に憑かれたピエロ》のテーマは「幻想と狂気」です。人間の内面に潜む暗いものを、エグいまでに表出しようとする音楽であり、おそらく癒しと感じられるタイプの音楽ではないかもしれません。しかしそれ故に、普段の音楽からは感じられない方向性のエネルギーや表現力をこれでもかというほど味わうことができるでしょう。
僕自身としても、30歳になる直前にこの曲を、しかも通しで演奏できる機会が手に入ったことは嬉しくもあり、同時にとんでもなく大きな挑戦をすることになってしまったという思いを抱いております。正直、今までの人生で弾いてきた作品の中で最も謎に満ちている曲だと断言していいです。この挑戦が当日どのような演奏になるのかはわかりませんが、ぜひこの音楽を共有したいと思います。
なお、3月19日には渋谷・松濤サロンで行われる及川音楽事務所のサロンコンサートに出演しまして、シェーンベルクの《3つのピアノ曲》Op.11を演奏します。《月に憑かれたピエロ》の前にこちらの曲も聴いておくと、より耳が馴染むようになると思います。こちらも予約受付中ですので、どうぞよろしくお願いします。
3/19の《3つのピアノ曲》、4/20の《月に憑かれたピエロ》、いずれも当ホームページのCONTACTからお申込みいただけます。ご予約お待ちしております。
コメント