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  • 執筆者の写真Satoshi Enomoto

【名曲紹介】シェーンベルク《月に憑かれたピエロ》Op.21


 僕のブログで何度も登場しているシェーンベルクですが、彼の作品の中には、彼自身の経歴のみならず、西洋音楽史上でも重要な作品がいくつか存在します。既に僕が色々なところで弾いている《3つのピアノ曲》Op.11や《6つのピアノ小品》Op.19などもそれらのうちの一つではありますが、それらよりも高い知名度を持ち、どころかシェーンベルクの代名詞とも言えるような作品をまだ紹介していませんでした。


 それこそが、シュプレヒシュティンメという唱法を用いる声と特殊な編成の室内楽のためのメロドラマ《月に憑かれたピエロ》です。ベルギーの象徴派詩人アルベール・ジローの50篇から成る詩集『月に憑かれたピエロ ── ベルガモのロンデル』をオットー・エーリヒ・ハルトレーベンがドイツ語訳したものの中から21篇の詩をピックアップしてテキストに用いています。ロンデルというのは詩の形式でありまして、4行・4行・5行という3節から成り、1・2行目が7・8行目で繰り返され、最後の13行目も1行目が繰り返されます。詩としてはむしろ厳格な形式を採っているわけですが、音楽は非常に自由な展開を見せるものとなっております。



 元々、この《月に憑かれたピエロ》は委嘱されて書かれた作品でした。委嘱者はアルベルティーネ・ツェーメという、結婚を機に一度引退したものの復帰を果たし、メロドラマの独演会で人気を集めていた女優です。ちなみに、彼女の女優復帰にあたって指導をしたのはかのコジマ・ヴァーグナーでした。R.シュトラウスやフンパーディンクのメロドラマをレパートリーにしていたようです。


 ツェーメはシェーンベルクに出会う前からこの『月に憑かれたピエロ』を気に入っていて、ヴリースランダーという作曲家に歌曲や背景音楽を書かせていました。しかしこれがありきたりであったのか、シェーンベルクに「もっと特徴的な音楽を」という注文をしました。お陰で特徴的すぎる作品が出来上がったわけですが。


 もっとも、シェーンベルク自身も結局はこの詩集『月に憑かれたピエロ』にハマり、ツェーメに委嘱されたものそのままではない独自の構想を考え始めました。ツェーメからは、既に朗読のレパートリーとなっていた22篇と、それに追加で3篇の詩が選ばれてシェーンベルクには伝えられていましたが、出来上がった《月に憑かれたピエロ》の21曲のテキストは、ツェーメが選んだ詩が入っていなかったりするばかりか、ツェーメが選んでいない詩が入っていたりもします。シェーンベルクは詩の選択や順序を工夫することによって、独自の展開を形成したのでした。


 またツェーメが22曲~24曲ほどを一晩のプログラムの目安としたのに対して、シェーンベルクが書いたのが21曲だったのは、おそらく「Op.21」という数字に合わせたものだと考えてよいでしょう。曲中に数字を隠すことをよくやる作曲家ではありますので、ゲマトリア(数秘術)から見てみると色々出てくるかもしれません。



 

 ここから、各部・各曲について見ていきたいと思います。


第1部


 月に関する言及が多い、幻想的な部分となっています。


第1曲「月に酔い」


 降り注ぐ月光を表すかのようなピアノの動機が特徴的です。このオスティナートは全曲中でも様々なところで登場します。実は譜面上、12音が冒頭で出現しています。




第2曲「コロンビーナ」


 ピエロがコロンビーナへの焦がれる想いを歌う設定のワルツです。曲の半分以上の尺はヴァイオリン+シュプレヒシュティンメ+ピアノで演奏され、その表情豊かな掛け合いが白眉です。「花びらを落とす」という詩のところでフルートとクラリネットが加わり、ピアノと共にまるで花びらを落とすようなイメージのオスティナートを演奏します。




第3曲「伊達男」


 これはツェーメから特にリクエストされた詩に作曲された曲です。前曲からの対比で突然の発狂のように聴こえますが、ピッコロとクラリネットの鋭い音色を持つ、スピード感のあるコミカルな音楽となっています。なお、この曲で初めて「ピエロ」という言葉が出てきますが、それは21小節目のことです。数字への拘りが見て取れます。また、ピアノにはこの曲で初めてのハーモニクス奏法が登場します。ハーモニクス奏法は《3つのピアノ曲》Op.11で試みられていましたが、《月に憑かれたピエロ》においてそれはより大規模に用いられることになります。




第4曲「蒼ざめた洗濯女」


 月の青白い容貌を洗濯女になぞらえた詩であるそうです(?)。フルート+クラリネット+ヴァイオリンの落ち着いた和音に支えられて音楽は進行しますが、「そよ風が光の中に忍び込み、流れを微かに揺さぶる」という詩のところで楽器群の動きは細かい音で揺らぎます。




第5曲「ショパンのワルツ」


 これも第2曲に続くワルツです。キャバレー音楽の影響などもあるのでしょう。地味に調性感のある曲だと個人的には思っていますが、このタイトルから想像できる音楽とはやはりかけ離れているかもしれません。「欲望の和音」という詩が出てくるところでピアノが高音部で複雑な和音を繋げていくのが聴きどころです。




第6曲「聖母」


 フルート+バスクラリネット+チェロに支えられてシュプレヒシュティンメが語ります。曲前半はおとなしいのですが、後半のバスクラリネットの激しい跳躍をきっかけにして音楽は激しさを増していき、最後にピアノの絶叫するような和音が叩きつけられます。




第7曲「病める月」


 フルートとシュプレヒシュティンメだけという珍しい編成の曲です。たった2パートかと思いきや、アンサンブルが非常に難しい曲のひとつとなっています。なお、この曲のフルートのメロディは後で再現します。





第2部


 第1部は比較的聴きやすい、幻想的な音楽が多かったのに対して、第2部は基本的に悪夢の様相を呈します。


第8曲「夜」


 バスクラリネット+チェロ+ピアノの低音楽器が活躍する音楽となっており、その音域の低さが夜の暗さや深さを表しているとも捉えられるでしょうか。シュプレヒシュティンメにも超低音の歌唱が要求されています。また、低音の3音の動機を用いたパッサカリアとして扱われています。




第9曲「ピエロへの祈り」


 実はこれが《月に憑かれたピエロ》の中で最初に作曲された曲であるそうです。単にツェーメが選んできた詩の先頭にこの詩があったからでしょう。「自分の笑いを忘れてしまった」という内容の短い音楽です。




第10曲「盗み」


 弱音器のついたヴァイオリンとチェロのコル・レーニョ奏法(弓の反対側で弦を弾く)で始まる、コミカルな楽曲です。稽古の時に「これ聴こえる???」なんてやり取りもありましたね。特に弦楽器が特殊奏法を動員していて大変そうな音楽です。次の曲に休み無く突入するのですが、最後のピアノソロ1小節で、フルートがピッコロに、クラリネットがバスクラリネットに、ヴァイオリンがヴィオラに持ち替えなければならず、おかげでピアノソロは「もっとゆっくり弾いて時間を稼いで!」と言われています(笑)




第11曲「赤いミサ」


 気味の悪いピアノの高音オスティナートで始まります。それが絶えると、突如として強烈で不協和なトリルが炸裂し、鬼気迫る大音響へと発展します。それも過ぎるとピアノのハーモニクス奏法を伴いながら音楽は奈落へと落ちていきますが、最後の小節で非常に小さい音ながら12音から成る和音が奏されます。




第12曲「絞首台の歌」


 21曲中で最も短い曲です。絞首台を痩せこけた娼婦に見立てています。最後に現れるピッコロの下行音型は絶命する音でしょうか。




第13曲「打ち首」


 月は三日月刀に化け、ピエロはそれを恐れます。中間部分は全ての楽器が16分音符でそれぞれに動き、混沌としたテクスチュアを築きます。遂に三日月刀がピエロの首に振り下ろされるシーンは、全パートのグリッサンドや急速な下行音型によって描かれます。そしてそれに続く形で、第7曲のフルートのメロディが回帰しますが、これは全曲が完成した後で付け加えられた部分であるようです。壮絶な性格を持つ第13曲と第14曲の間の穏やかなブリッジとしての役割を果たします。




第14曲「十字架」


 21曲中で最もピアノが難しいのはこの曲かもしれません。3段譜を用いて、シュプレヒシュティンメとのダイナミックな掛け合いが行われます。詩人(芸術家)が十字架にかけられるという内容は、シェーンベルク自身の境遇と重なる部分もあるでしょうか。





第3部


 悪夢に疲弊しきったピエロは郷愁に駆られると同時に、道化的な幻想を深めていきます。これまで以上に伝統的な音楽様式が顔を出し始めます。


第15曲「郷愁」


 ピエロは自身の故郷に対する憧れを解放します。同種の和音が何度も繰り返し登場し、第2部のような混沌的展開は避けられています。




第16曲「悪趣味」


 ピエロはカッサンドルを痛め付けてストレスを発散します。当時の音楽評論家をカッサンドルに投影しているのではないかという見方も。カサンドラの頭に穴を開けて煙草を詰め、それを「ゆっくりとふかし」のところでテンポは実際にゆっくりになります。




第17曲「パロディ」


 月が老女の髪の中に編み針を置き、その光のちらつきを真似します。クラリネットとヴィオラは反行形によってカノンを繰り広げます。




第18曲「月の染み」


 月がピエロのコートに光で染みを作り、ピエロがそれを擦って落とそうとしている様子を描きます。クラリネットがピッコロと、ヴァイオリンがチェロとそれぞれにカノンを展開し、しかもそのカノンは10小節目の中央で逆行を始めます。さらにそれを尻目にピアノは手元でカノンをしているわけでして、近代に書かれたカノンの中でもこれは特に精緻な部類に入るものではないでしょうか。




第19曲「セレナード」


 詩の中ではピエロはヴィオラを弾いていますが、実際に演奏されるのはチェロです。これもキャバレー音楽の影響からのセレナードかもしれません。ピエロはまたもやカッサンドルに頭を弓で弾くという暴行を加えます。




第20曲「帰郷」


 ここでピエロの帰郷を描くバルカローレ(舟歌)となります。珍しく柔らかい音程が用いられ、穏やかに曲は進んでいきます。調性感も聴こえてきます。




第21曲「おお、懐かしい香りよ」


 前曲に引き続き柔らかい響きを持つだけでなく、ほぼ調性回帰のような場面が多く聴こえてくる終曲です。擬似主音としてE音が聴こえたり、冒頭のメロディがE-durに聴こえる方もいらっしゃるかもしれません。シェーンベルクの調性回帰と、疲れたピエロの故郷帰りとのリンクを想像する方もいらっしゃることでしょう。なお、この曲においてこれまでに出てきた楽器が全て登場します。





 

 シェーンベルクはこの《月に憑かれたピエロ》の後、指揮活動の多忙化や大規模作品への構想、さらには第一次世界大戦の影響もあって、次の《4つの管弦楽伴奏付き歌曲》Op.22を書いたきり長い沈黙に突入します。《5つのピアノ曲》Op.23はもう十二音技法を導入した作品になりますから、自由な無調と呼ばれる作風の集大成は殆ど《月に憑かれたピエロ》であると言ってもよいでしょう。


 この作品を酷評した人は少なくありませんでした。その理由はやはり耳慣れない響きにありましたが、そもそもの詩集がグロテスクで幻想的なものなのですから、そんな耳障りが良いだけの音楽になりはしないでしょう。評論家は拒絶しましたが、周囲の作曲家たちもこの作品には着目していましたし、何より当時シェーンベルクが活動していたベルリンの人々は関心を寄せたようでした。


 《月に憑かれたピエロ》が書かれたのは1912年。もう110年も前のことです。斬新すぎて理解の追い付かない音楽を「100年早い音楽だ」なんて言うこともありますが、もう100年以上経ちました。僕たちの耳はシェーンベルクに追いついているでしょうか。ここで改めて聴いてみるのも、悪いことではないと思います。

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