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  • 執筆者の写真Satoshi Enomoto

【雑記】弾くばかりではなく楽典も

更新日:2021年3月4日


 とあるジャズピアニストの方が苦言を呈していらっしゃいました。文面から状況を想像するに、普段クラシックを弾いている人がジャズを習いに来たと思ったら、まるで理論的な話が通じなかった…という事が起きたのでしょう。そして曰く「クラシックピアノの指導者は基礎的な楽典をちゃんと教えろ!」という言葉に繋がったのだと思います。


 "クラシックピアノの指導者"が総じて楽典や理論に言及していないかのような言い方はさすがに言葉が大きいとは言え、ところによってはその苦言は全く的外れというわけでもないでしょう。心当たりは無くもないですし、むしろその実状はどうにかしなければならないのでは、と日頃から思っているのです。とにかく身体を動かしてピアノを弾かせ、一方で楽典やソルフェージュを等閑にするのは、当人が自身の力で音楽をやっていくことについてあまり貢献しないのではないかと感じます。


 過去にこの話題に触れた時には「ピアノを弾きたくて習っているんであって、楽典やソルフェージュを勉強するために習ってるんじゃないという人もいるだろう?」という反論を受けまして、本人がそれで満足なら…と思うことにはしましたが、僕自身が提供するレッスン内で取り扱うことは自分の方針でよかろう、と考えて、僕はピアノのレッスンであろうが楽典や理論に言及し、その場でソルフェージュさせることもあります。世のピアノ教室も"ピアノ"教室と銘打ってしまっている以上、限られたレッスン時間を楽典やソルフェージュに割くことには躊躇せざるを得ない事情もあるかと思いますので、一方的にそれらの指導をしないことを責めるのも不憫でしょう。


 楽典と聞きますと、なにやら五線譜や音符の読み方だの、音程だの、和音だの、演奏記号だのを座学的にお勉強しなければならないようなイメージを持たれると思います。完全5度だ、短三和音だ、減7の和音だ、ドリア旋法だ、偽終止だ、近親調だ ── そんなことを、紙の上だけで読み取って、答案用紙に書くような。確かに実技と切り離して取り組まれる状況が存在するのも事実でしょう。


 しかしそもそも、楽譜を読んで音楽を起こすという行為を行うにあたって、楽典やソルフェージュは大きな武器になり得るものです。楽典やソルフェージュが実技と離れたものであるというわけではなく、離して学ぼうとするから無用のものに感じられてしまうのです。実際の音楽の音程や音階、和音を捉えることによって、"音楽を理解した"とまでは言えないまでも、自分の中で音楽の解像度が上がることは間違いないでしょう。少なくとも、音楽を構成する音の連なりがどのような法則の下に繋ぎ留められているかは見えて/聴こえてくるはずですし、その勘も冴えてくると思います。譜読みも早くなりますよ。


 ところで、このことは僕が音大時代にソルフェージュを習ったとある先生(既に定年退官されてご自身の教室で教えていらっしゃいます。ちなみにTwitterで相互フォロワー)も呈していた苦言であったりします。「リストやラフマニノフを弾きまくるくせに、簡単なコード奏すらできない」…現に、音大でもそのような学生がいないわけではないのです。音程のことも音階のことも和音のことも調のことも気に留めず、音符を一つずつでも追うことによってピアノを弾いている ── そのようなやり方でもピアノは弾けないことはないのです。それは所謂「楽典やソルフェージュを特に勉強しなくても弾ける人」とはまた別です。特に勉強しなくてもできてしまう人の場合は、勉強していないのではなく独自の思考回路で経験的に学習しているのです。


 楽典やソルフェージュ、さらにその先の音楽理論などというものは突き詰めていけばいくらでも深いところに行けます。"楽譜の読み方"でさえ、実は途方もなく奥が深いものです。決して基礎的な楽典を勉強しただけで、それらを究めた気になってはいけません。しかし、基礎的な楽典を学ぶだけでも音楽から色々な要素を捉えられるようになるでしょうし、奥へ進むための取っ掛かりにもなります。身近なメリットで言えば、譜読みが効率化されます。


 確かにピアノを弾くことは楽しいでしょう。しかし、弾いている時間を少しでも楽典やソルフェージュに割いてみたら、練習が捗るようになり、弾く時間がより充実したものになるかもしれませんよ。自身で教材を読んで勉強してみるも良し、詳しそうな人に指導を頼んでも良しです。高度な内容ともなるとちょっと…(高度なものは本当に高度なので手に追えないものはある)という指導者もいますが、さすがに音程や音階や和音などの初歩的な話さえ渋ったりはしないでしょう。時間と労力(とお金?)をかけた分の見返りはあるはずです。


 件のジャズピアニスト様の言い方は確かにキツい(そんな言い方せんでも…というところはある)ものではありますが、部分的には「一つ一つの音符を並べることだけ考える」という内在する問題には当たっています。とにかくピアノを弾くことばかり考えず、楽譜の読み方や音の組織について学んだり、メロディを歌ったりリズムを叩いたりすることを取り入れてみてもいいかもしれませんよ。僕の貧相な知恵で良ければ提供しますし、他の指導者たちも力や知恵を貸してくれるでしょう。


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