• Satoshi Enomoto

【告知】コダーイ研究所 Online Labo 2021年度:受講者募集


 コダーイ(Kodály Zoltán, 1882-1967)といえば、バルトークと並ぶ近代ハンガリーの最も重要な作曲家です。ハンガリーのバルトークを民俗音楽研究に導いた張本人であり、音楽の他に言語学と哲学も修めているという地味に凄い人だったりします。どうしても作曲家としてはバルトークの陰に隠れてしまっているのですが…


Kodály

 そんなコダーイの作曲以上に認知されている功績こそが、ハンガリーにおけるソルフェージュ教育・合唱教育の確立であると言えるでしょう。そのような事情から、専門的に音楽を学んだ方々などよりはむしろ、アマチュアの合唱団員の方がコダーイの名は身近に感じられるかもしれません。


 コダーイは1907年の9月から、母校であるハンガリー王立音楽院(現在のリスト音楽院)で教鞭を執ることになりました。最初は音楽理論、翌年には作曲のクラスでした。王立音楽院の設立当初の教授陣は大半がドイツ人であったようで、コダーイが就任した時期は教授陣にハンガリー人が増え始めた頃であるそうです。


 その時に音楽院で行われていた教育は、ドイツ式の器楽中心の教育であり、レパートリーもドイツのものが中心でした。ハンガリーの音楽教育を打ち立てようとした側面もあるとは思いますが、従来の教育方法は専攻に特化した演奏家を育成するものであり、オールラウンドな能力を持つ音楽家を育てられるものではないとコダーイは考えたのでしょう。


 コダーイはソルフェージュ教育(現在音大などで行われているような聴音や視唱のみならず、多声部唱や詩の韻律にまで及んだらしい)の導入を主張しましたが、音楽院はこれを支持しませんでした。そのため、コダーイは自身の持つ作曲クラス内のみにおいて試行するに留まりましたが、そのお蔭でコダーイのクラスは作曲家のみならず指揮者、教育家、音楽学者などを輩出しました。


 音楽院内で小さな教育改革を始めたコダーイは、後にハンガリー全体の音楽教育を相手に改革を始めていきます。1925年のある日のこと、コダーイはブダの丘で女学生たちが歌っているところに遭遇しました。これがどうやら酷いものであったそうなのですが、なんとこの学生たちは師範学校の学生でした。ソルフェージュを通した音楽の基礎能力の育成が必要なのは、音楽院内だけではないと気付いたようです。


 コダーイは多くの教育用作品を書き、また記事やエッセイを新聞や雑誌に寄稿して音楽教育の重要性を説きました。コダーイが究極的に目指したものは、ハンガリーの音楽生活そのものの充実であったのです。学校で音楽を学んだとしても、それが学校の卒業と同時に終わってしまい、どのような形であっても社会人になってから音楽に触れあうことをしなくなるようなことを、良しとはしなかったわけです。いつでも「コンサートに行ってみよう」とか「趣味で音楽始めてみよう」ということができる心と能力を養おうとしたのです。


 『音楽はみんなのもの』というのがコダーイの最重要理念です。目指すところが専門家でも愛好家でも、その音楽の出発点は同じであり、しかもそれは "神が人間に与えた最良の楽器" たるで、その土地の人々の感性や美観、アイデンティティが詰まったわらべ歌や民謡を歌うことから始まると考えたわけです。民俗音楽を研究したコダーイならではの視点であるでしょう。



 僕も合唱をやっている(コロナ休業中)身ではありまして、やはりコダーイの名前は知っていて、あとはコダーイの教育法を知る以前から偶然わらべ歌・民謡育ちであるためか、一応は固定ドで読むピアノ教育を受けた身ではありながら、むしろ感覚的にフィットしている面はあったのでした。


 そんな時に、Twitterでなにやら気になるプロジェクトが行われているのを目撃してはいました。その名も『コダーイ研究所 Online Labo』。ハンガリーで合唱指揮や指導法を学んでいた山口雄人さんが主宰するオンラインレクチャー&レッスンプロジェクトです。ハンガリーの合唱団がマジで信じられないくらい上手いということは合唱人なら知っていることでしょうし、その指導法はもちろん気になっていたのでした。


 ある日突然、その山口さんからDMが届きました。コダーイ研究所 Online Labo の講師をやってくれないかというお願いでした。しかも内容は西洋音楽史です。僕がコダーイ式の階名によるソルフェージュや楽曲分析を展開していて、また(非常に偏った)音楽史ネタを発信していることが目に留まったことから白羽の矢が立ったようです。


 講座は月1回90分、全12回で12回目はまとめ回。白状しますと、最初は荷が重すぎて断ろうかと思いました。一応の本業はピアニストのつもりですし、音楽学専攻ではないし、近代周辺の諸相ならともかく西洋音楽史全体を教えるなどというのは明らかに重責だと感じたのです。しかも音大の概論講義でさえ、90分を30回でどうにか戦後に突入するくらいの分量です。どこぞのYouTube大学ほどまでにアバウトなレクチャーはしないと思いますが、一体どうやってまとめようか、そもそも自分にそんなことできるのか、よっぽど詳しい人が他にいっぱいいるじゃないか…などと思いながら、ZOOM通話に臨んだのであります。


 結果的に、山口さんの熱意に押されて引き受けることにしたわけですが、あとは一方的に音楽史を教えるような形態ではないやり方でやってみようというアイデアが出たことも理由としては大きいです。山口さんがハンガリーで学んだ時のやり方らしいのですが、色々な音楽を聴き、感じたことをみんなで話し合いながらその美学を探っていくというものです。確かに教科書的な音楽史の見方は踏まえつつも、そのようなプロセスを経ることによって一方的な講義よりも受講者の皆様の糧になるのかなと思ったのでありました。


 一応肩書は「講師」ではありますが、恐らく実際には「ガイド」「司会者」みたいな立ち位置になるのではないかと思います。


 一つ一つの音楽は、実際には一生を懸けるレベルの深度があります。その深度にこのレクチャー内だけで到達することは最初から不可能でしょう。それは後から一人一人が各自で深めていけばよいのでありまして、僕が果たさねばならない役割はそれらの音楽について感じ、考え始める切っ掛けを作ることであると思います。まずはそれら様々な音楽へのリーチを作ること、そして「これは何だろう?」を考え始めていただくことを僕自身の課題にしたいと思います。



 というわけで、コダーイ研究所 Online Labo へのリンクを貼っておきます。



 僕の担当する西洋音楽史以外にも、ソルフェージュ、日本の合唱音楽史、楽曲分析、合唱指揮法、合唱リハーサル法、声楽といったクラスが揃っています。講師陣が充実しすぎていて「本当に榎本ここにいて大丈夫だったんか…?」と改めて思わないでもないですが、引き受けたからにはやります。他の講座は僕が受けたいくらいですね…!


 アクティブ受講(講座参加)とパッシブ受講(聴講のみ)がありまして、それぞれの料金はご確認いただきたいのですが、はっきり言って破格の値段だと思います。コダーイの『音楽はみんなのもの』を実現しようという気概が感じられるほどの安値です。さらには今年度から学生無料枠(25歳以下で学生証添付できる方は無料でパッシブ受講可能)があります。


 8月3日現在、コロナ禍は新たなフェーズに突入し、既に病床逼迫が起きてしまっています。もしかすると、プロもアマチュアも今後また音楽活動の機会が激減してしまうかもしれません。それでもオンラインレッスンならば対面の接触を避けながら音楽を学び、また個人の練習に活かすこともできると思います。


 音楽の灯を絶やさず、それどころかむしろ拡げていけるならば、このプロジェクトは大きな意義を持つことになるでしょう。申し込み、お待ちしております。

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