• Satoshi Enomoto

【演奏後記】《In C》と『朱い本』:"鋸山" 音楽巡礼記

更新日:6月2日


 音楽家の酒井康志さんは、アメリカの実験音楽作曲家 テリー・ライリー(1935-)の《In C》の演奏企画を定期的に開催しています。演奏場所はコンサートホールではなく、古民家や河川敷、駅(海芝浦駅)など、珍しい場所が選ばれます。それが今回は千葉の鋸山だったわけですが、音楽解説も含めてそのレポートを書いておきたいと思います。



 まず、ライリーの《In C》という作品が一体どんなものなのかということをざっくりと書いておきます。演奏と聞くと、一般には楽曲が一通りきちんと書かれている譜面があり、それに沿ってアンサンブルしていくという状況を思い浮かべるかもしれません。しかしこの《In C》の楽譜に書かれているのは、たった1音から少し長めのフレーズまでが書かれた53の断片です。強弱記号や速度記号も書かれておらず、楽器や演奏人数さえ指定されていません。


 これらの断片を、演奏者たちは1から順に反復しながら重ねていきます。次の断片に移行するタイミングは演奏者各々に任せられ、同時に移行する必要は全くありません。ただし、一人で勝手にどんどん先に行ってしまうのはよろしくなく、演奏全体が2~3くらいの断片に留まっているように耳を澄まして聴きながらの演奏が求められます。上手くいくと、反復の中から音楽が自然発生して徐々にその姿を変貌させていく過程を聴くことができます。最後の断片に全員が辿り着いたら、クレッシェンドとディミヌエンドを繰り返しながら一人ずつ演奏から抜けていき、音楽が消えるように終わります。


 予め作曲家によって全体像が指定されてしまった音楽を再現するのではなく、その場で偶発的に音楽が生まれていく様子を体感することに、この作品を演奏する楽しみがあると言えるでしょう。



 ところで、今回演奏されたのは《In C》だけではありませんでした。


 今回の企画を知ったカリヨン奏者の内野三菜子さんが「鋸山つながりで《モンセラートの朱い本》を演奏してはどうか?」という意見を出したことがきっかけとなり、《モンセラートの朱い本》からの2曲もセットで演奏される運びとなったのでした。



 《モンセラートの朱い本》は、黒い聖母像で有名なモンセラート修道院に伝わる中世の巡礼者たちによって歌われた歌曲集です。素朴ながらも力強い旋律が魅力となっています。民謡のエッセンスも採り入れられているのかもしれません。ギザギザした山なのでモンセラート(鋸の山)と呼ばれているのですね。それが千葉の鋸山に引っ掛かっているわけです。


 恥ずかしながら中世の音楽には詳しくなく、この曲集の存在も今回ようやく知りました。中世の音楽についても音大の西洋音楽史で習ったはずだったのですが、スペインについては殆ど触れられなかったような記憶もあります。今現在、西洋音楽史を全体的に勉強し直しているところなのですが、今回の企画が公表された時に「そんな曲集があったのか~知らなかったな~」と思っていたらその直後に手元の資料で出てきました。巡り合わせってあるものですよね(反省)



 珍しく旅行記みたいなブログになります。


 横須賀から千葉の鋸山までの最も簡単なアクセス手段は東京湾フェリーでした。久里浜港から金谷港までたったの40分で到着します。フェリーは片道800円ですが、往復で買うと復路が650円になります。往復で1,500円を切るとは…確かに車や二輪を積むとそれなりに加算されるのですが、人間だけで行くなら非常に安いでしょう。ちなみにと鉄道でのアクセスを調べたところ、所要時間がなんと4時間、交通費も片道2,700円ほどでした。


楽器を背負って運ぶのはピアノ弾きの憧れ(?)

sonogenic SHS-500

Marshall MS-2



 10:20に久里浜港を出て、11:00には金谷港に着きました。フェリーどころか船旅自体が久しぶりだったので少しソワソワしていたのですが、殆ど揺れること無く快適に過ごせました。


 金谷港からすぐ近くの金谷食堂にて早めの昼食。観光地価格…と迷った末にお土産予算を残す選択をしました。それでもねぎとろ丼は美味しかったです。なお、ここで酒井さんらと既に合流していました。



 徒歩で鋸山ロープウェイまで行き、ここで参加メンバーたちとも本格合流。ロープウェイは意外に早く、あっさりと山頂に到着しました。人間馴れした猫様たちがいらっしゃいました。




 今回の演奏場所である石切場跡 "岩舞台" はそこからさらに日本寺の百尺観音を抜けた先にありました。確かに山道であることは覚悟して、登山靴でないまでも歩きやすい靴で行ったはずだったのですが、なにせショルダーキーボードを背負い、鞄にケーブルやアンプスピーカーを抱え、さらにはマスクを装着した状態で(酸欠の危険性あり?)あの山道を歩くのははっきり言って過酷でした。階段が階段の体を成していない箇所や雨が乾いていない箇所が特に大変でしたね。巡礼とは厳しいもので(違)



 さて、岩舞台は野外とは思えないような響きの良さでした。天然の反響板と言っても良いかもしれません。たまたま日時が一致した平原演劇祭の皆さんの『阿呆ヘレネ』が先に上演されていたのですが、声がよく反射して聞こえるわけです。野外演劇というのも面白いなぁと感じつつ、ギリシャが題材だと合うなぁとも思いつつ、想像していた以上の環境に驚きました。


 今回の《In C》企画は、《モンセラートの朱い本》が加わったこともあってか、古楽系の演奏家の皆様が多く参加されていたようでした。中世の音楽の演奏をこのような形で体験できたのは僕自身にとっても大きな収穫だったように思います。むしろ整備されたホールやスタジオで演奏するよりも雰囲気があったかもしれません。一人だけ電子楽器だったので音色をどうしようか迷いましたが。


 ショルダーキーボードは《In C》の方で特に役に立ったかもしれません。というのも、音域を簡単にトランスポーズできるので、今回の他の演奏者には難しい低音を出すことができたのです。たしかライリーも「長い音価を持つ断片は低音域で演奏すると効果的」みたいなことを書いていたはずで、同音連打の断片も込みでそれを実践してみたのでした。


 ライリーは「演奏中に一度は全員が同じ断片で重なるようにせよ」とも言っているわけですが、酒井さんによれば8年間企画をやってきてそれは一度も成功していなかったそうです。ところが今回、長い音価を持つ断片を最低音域で、他の人たちが通過するまで繰り返していたところ、その断片に全員が重なる瞬間が発生しました。岩舞台の残響と電子音の低音によって土台が作られたのかもしれない…と推察します。


《In C》には人間以外の参加者が絶妙なアクセントを与えてもいました。鳥の鳴き声がよく響くのです。これはこの石切場ならではの特典でしょう。用意された音楽の周到に計画された再現ではなく、原始的な音楽の発生から消滅までを辿る音楽であるからこそ、自然とも親和するのでしょう。あるいは、自然界の音楽が人間の音楽に親和してくるのかもしれません。



 コロナ禍において、芸術公演はひたすらに "密" を避けるべく工夫を重ねてきました。実は僕が所属する合唱団DIOでも野外合唱を何度か試みました(医療従事者もいるので現在はしばらく様子見状態ですが)。これまで屋内で活動していた人たちは多くの困難に直面することとなったわけですが、意外に野外へ出てみると、新たな発見があったり、アイデアが浮かぶこともあるかもしれません。


きみ、おみやげなのか…

 さて、帰りはお土産を買い(途中で伴奏の依頼も電話で対応し)、フェリーで久里浜港へ帰るメンバーたちの中世古楽の話を聞きつつ、再び40分の船旅をしました。やはり自分の手元だけで勉強するには限界もあるもので、自分とは違う道を極めようと邁進している人たちに定期的に関わることは重要だし面白いと再認識しました。


 明日から6月。また色々と新しい活動も始まりそうです。



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21/06/02 追記


 参加した皆様が録っておいてくださった演奏録画を貼っておきます。


 小阪亜矢子さんより




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