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  • 執筆者の写真Satoshi Enomoto

【雑記】2023年まとめ:大波乱の年でした


 今年は早めに仕事を納めまして、年末年始は制作も最低限に、実家に滞在する生活を送っています。まさか(ネガティヴな事情によって)実家を「実家」と呼ぶようになるとは、一年前の今頃には全く予期していませんでした。


 これまでにも良くないことは毎年のように起きるものだと思っていましたが、2023年は正直に言うと人生の中でもトップクラスに波乱の年でした。


 

 やはり最も大きな出来事…というよりは災難は、実家に引き籠っている弟によって仕事スペースを襲撃されたことでしょう。そもそも長年に渡って仲は最悪であったわけですが、これまでは下らない言葉(「智史は家事ができない」「俺の方が顔が良い」など)によってマウントを取ることで精神の安定を保っていました。


 しかし、僕が外部の人たちに認められて仕事もいただけているという事実に耐えられなくなったようです。「仕事の妨害をすることでしか智史に勝つ方法はもう無い」という考えに到達したのでしょう。榎本智史の人生より自分の相対的位置が上であるならば絶対的位置がどん底でも良いという惨めな思考回路を見て取ることができます。


 結局、録画機材を破壊され、録音機材には不具合が残り、コンサートのための会計セット(金銭入り)は彼の懐へと接収され、僕がかつて陣取っていた仕事スペースは彼のゴミ置き場となり果てました。たった今実家では僕は別の部屋に寝泊まりしています。


 まあしかし、彼の人生を観察していて反面教師的に学んだことは多々ありますし、その要因や分岐点などについても分析はできるものでした。かのようなしくじり人生には少なくとも転落せずに済む要点を洗い出して、今後の注意すべき指標にすることはできます。「他人に勝つことだけを目標にしない」とか「見栄を張って大々的に嘘をつかない」とか、さほど難しいことではないはずなのですがね。


 どうせ自己愛性パーソナリティ障害というやつなのでしょうが、本人が認めたがらないというのが厄介なところです。


 

 榎本智史の一人暮らし珍道中などネタにもならないし消費されたくもないので、淡々と自炊を撮ってアップする以上のことは今後もほぼ無いと思いますが、この「実家からの亡命」の話は一旦ここまでで止めておきまして。


 今年は音楽活動の方でも実は迷走を続けていた年でした。そう見えたかどうかはわかりませんが、年始早々から酷くスランプに陥っていたのです。2022年の12月までが嘘のような墜落ぶりでした。


 練習時間はむしろ他の本番より多かったはずの1月の本番で暗譜を酷く飛ばし、山のようにミスタッチを連発し、自分の中でも「何もできなかった」という評価が下るレベルの、人生ワーストとはいかないまでもそれに近い演奏でした。


 この失態を受けて、2月と3月は一度も本番を入れませんでした。4月の頭には自主企画公演『バロック=ドラマティック』があったので、それまでは山籠りのように練習しなければならないと思ったのです。本番を蹴ることによって収入が減ろうとも、芸が荒れたまま進むのは許せるものではありませんでした。


 これで4月の本番直前に弟による仕事場襲撃があったのですから、我ながら精神状態はほぼ極限に近かったのではないかと振り返ります。後で知り合いたちからは「榎本が病んで再起不能になるのではないかと思った」と言われたりしましたが、どうにかそれだけは避けることができました。正直なところ、危なかったとは思います。


 7月には地元でミニコンサートを開きました。8月には横浜市港北区の現拠点にピアノごと移動することになりますし、横須賀の実家には町内会の仕事と祖父の介護のために帰る生活になることがわかっていましたから、その一区切りとしてのものでした。もちろん横須賀で今コンサートを企画できないわけではないのですが、やはりチャンスは遠退いてしまった感が否定できません。


 8月は一人暮らしに慣れることに精一杯で、もはや仕事ができていたとはあまり思えません。学生時代でさえ片道2時間かけて横須賀から新百合ヶ丘まで通学したわけでして、まさかの31歳にして初めての一人暮らしを経験しています。炊事洗濯掃除できるかな…という不安は意外にも杞憂に終わり、むしろ「海が近くに無い」「近所の環境音が聴こえない(防音マンションのため)」などという一般人が気にしないであろう観点で何故かじわじわとダメージを受けています。


 ただ、続く9月には試演会という形ではあったものの、シェーンベルクの《ピアノのための組曲》Op.25を披露することができました。この曲が書かれたのは1923年、つまり2023年は作曲から100周年であり、そして来る2024年はシェーンベルクの生誕150年にあたります。来年にはきっとシェーンベルクのコンサートを開きたいと思いますので、ご期待いただければ嬉しいです。


 また、今年は様々な共演にも恵まれました。1月にはサックス 木村佳さんとドビュッシーの狂詩曲、4月にはソプラノ 中林嘉愛さんをはじめとする昭和音楽大学メンバーと共にカリッシミ『イェフタ』他のバロック名曲公演、6月には合唱団DIOと青唱ユースクワイアと共に湘南合唱祭、横須賀国際合唱団と共に神奈川県合唱祭、バス 赤木恭平さんと共にデュオ・リサイタル、11月は横須賀国際合唱団と共によこすか市民合唱のつどいとヴェルクまつり、三輪えり花先生とLutherヒロシ市村先生と共に副次的文化系歌曲祭(シェイクスピア『テンペスト』のために書いた独唱曲群の再演及び《シン・町田は神奈川》の独唱版への編曲初演)、そしてヴァイオリン 加藤綾子さんとピアノ 大内暢仁さんとクリスマスコンサート…と意外にも色々なことをできていたようです。


 そして、今年は地元町内で『童謡・唱歌を歌う会』を始めました。地域を盛り上げるための月一行事としての位置付けですが、夏の盆踊りと同時開催時には『民謡を歌う会』、そして年末には『第九を歌ってみる会』になったりもしました。自分の身に付けてきた諸々の知識や技術が、ようやく地域貢献に繋がるようになったのは自分としても嬉しいところです。


 来年も様々なコンサートやワークショップを行っていきますし、作編曲した楽譜をBOOTHにも公開していきます。引き続きよろしくお願いします。


 

 僕が音楽に関する知識や技術を提供することによって、その音楽の場にいる人々の時間が充実したものになるかどうか…という観点を考えるようになりました。それは決して安易に迎合しようというわけではなく、「何をやったら何のためになるか」を実践しようということです。「シェーンベルクは聴き手にも難しいだろうから弾かない」というのではなく、どのように工夫・配慮をすれば聴き手がシェーンベルクのような音楽を受け止めて、新たな感覚や世界を拓くことができるのかを考えるのが演奏者の責務だと思っております。


 同世代の人々が人生の安定を得始めている中、殆ど逆行するかのように音楽活動も私生活も不安定さが増してしまった現状ではありますが、大波乱の2023年をどうにか生き延びることができました。ひとえに関わっている皆様の応援あってのことです。本当にありがとうございます。2024年もどうぞよろしくお願いします。


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