• Satoshi Enomoto

【感想】加藤綾子×河上薫『真っ白い部屋』:民謡を捉え直す林光


 7/1(金)、渋谷の総合文化センター大練習室にて催されたコンサート『真っ白い部屋』を聴いてきました。出演者はヴァイオリニストの加藤綾子さんとピアニストの河上薫さんです。



 内容はヴァイオリンとピアノのための邦人作品集でした。メインには林光を据えつつ、本居長世と武満徹、そしてそこに更に即興演奏を組み込んだ意欲的なプログラムです。《四つの夕暮のうた》だけは以前に加藤さんから直々に教えていただきまして初見アンサンブルもやりましたが、即興演奏を交える2曲以外は初聴でした。



 

 《真っ白い部屋》と《七つの子》は続けて演奏されました。《七つの子》の方ではメロディをパラフレーズしていたのはわかりつつ、ピアノがジャズっぽい和音進行で尺をキープしていたのでかなり落ち着いた即興になっていたと感じました。


 ヴァイオリンとピアノのための《小品6つ》は沖縄民謡を素材にしたアレンジ作品だと思われます。そうは言っても一般にイメージされるようなステレオタイプの沖縄音楽というわけではなく、琉球音階の音組織の応用や、ヴァイオリンにはバルトーク・ピツィカートのような特殊奏法まで組み込まれたものです。一番ユニークに感じたのはこの作品でした。


 休憩を挟んだ後の、武満の《妖精の距離》も実は初聴でした。印象的な和音とその間の取り方から「こういう綺麗なやつは晩年の溶けてる武満(失礼)かな」などと思っていたらまさかの1951年の初期作品。演奏されるサウンドの豊かさに包まれる心地よさを味わった方も多いのではないかと思います。


 打って変わって《五木の子守歌》は普段知っているものから比べると非常に衝撃的なアレンジと演奏でした。まさかヴァイオリンのトレモロが迸るとは予想できませんでしたとも。良い意味での原曲ブレイカーだったかもしれません。


 抒情的な《四つの夕暮のうた》を経て、最後に置かれたのは大規模な《ヴァイオリンとピアノのためのラプソディ》。日本の民謡の要素を応用しつつ、「それはどこから出てきた?」と思ってしまうようなパッセージや和音が入り乱れていました。終演後に河上さんに楽譜を見せていただきながらお話を伺いましたが、曰く「楽譜ガン見」だそうで、臨時記号だらけの和音が飛び交う楽譜を目の前に「でしょうね!!!」と返すことしかできませんでした。お二人の熱演に拍手。


 

 今回のコンサートは『邦人作品特集』と題されていましたが、林光と武満徹、そして童謡・民謡の即興パラフレーズを並べるというプログラムは、民謡や伝統的な美観を現代の視点から "捉え直す" という試みであったように考えられます。お馴染みの旋律をそのまま出したり、あるいは典型化された音階理論をそのまま適用したりするのではなく、そうではない音楽も知っている視点から捉え直し創り直し、その視点の音楽として提供すること。


 邦人作品ともなると、もうそれこそ瀧廉太郎の時代から既に「クラシック音楽と日本音楽とどうやって折り合い付けよう?」みたいな悩みを作曲家たちは抱えたりもしていたわけです。恐らく林光も武満徹も同じでしょう。その音楽に接するということは、多少なりともその考えや試行錯誤に触れることになるのだろうと思います。


 このコンサートでそれが最も現れていたのは、実は即興演奏を交えたアレンジ2曲なのではないかと考えています。いずれも原曲のメロディは有名でシンプルなものですが、そこに洒落た複雑な和音進行や鬼気迫るパッセージなどを投入することによって、演奏者による "捉え直し" が行われたのでしょう。


 厳密に言えば、この "捉え直し" は、このコンサートのようなプログラムでなくともあって然るべき行いではないでしょうか。クラシックの伝統性を否定するわけではありませんが、その一方で現在性がどうしても薄いものになりがちであるように感じます。古いものを楽しむという趣向には応えている一方で、ではなぜ今それなのかということが薄弱であるとか、そもそも考えていないということもあるでしょう。


 単なる歴史の振り返りではなく、"捉え直し" によって、伝統的なものからも新たな楽しみが生み出されるかもしれませんよ。


 


 余談。実はもう一つ知っていた曲がありました。《小品6つ》の中の『からす』という曲です。これは沖縄の童歌を元にしているのですが、林光は他の作品にもこの童歌を用いています。


 《ピアノソナタ第2番『木々について』》がそれです。タイトルはブレヒトの言葉からの引用です。このソナタの第2楽章は『からす』の主題と変奏になっているのです。元のメロディ(と歌詞)自体がそもそも不穏な雰囲気を纏っているのですが、このソナタではそこに様々な高さに移高された琉球音階(ド - ミ - ファ - ソ - ティ)から導き出されたパッセージや和音が挿入されます。陽気な印象を受ける琉球音階からは想像できないくらいに不安を掻き立てられるような音楽となっています。


 荒々しい第1楽章、荒涼とした第3楽章と合わせ、さらに林光がやたらと推しているヤナーチェクの《ピアノソナタ『1905年10月1日、街頭にて』》あたりを組み合わせて弾きたいな~と思って楽譜を購入したのがもう数年前の話になります。どちらも楽譜を買ったきりノータッチでここまで来てしまいました。積んでばかりではなくいい加減弾きましょうかね



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