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  • 執筆者の写真Satoshi Enomoto

【雑記】他山の石

 「他山の石以て玉を攻むべし」。中国最古の詩篇『詩経』の中にある故事に由来する言葉だそうです。他の山から出た粗悪な石でも、自分の宝石を磨くのには役に立つ…ということから、「他人の失敗やら良くなかった行いやらも自分がこれからやることに活かせる」という意味であります。

 そしてこの言葉は「自分が規範としたいと思う他人の良い行い」という誤用もあるようで、まあ確かに元の故事も知らずに「他山の石」とだけ言われたら、その石が良いものなのか悪いものなのかわからないのもある面では仕方の無いことでしょう。「他人の振り見て我が振り直せ」の意味と同一視される現象です。


 

 こんな話をいきなり始めたのは、別に日本語の乱れが~みたいなことを言いたいわけではなくて、本来の意味と誤用の意味とを引っ括めて結構大事なことを言っていると思うという話をしたかったからであります。


 音楽などというものをやっていると、概して他の人がどんな音楽をやっているかということが気になってきます。それは決して自分が相手と比べて優れているだの劣っているだのを考えるというつまらない意味ではなく、「この人は何を考えてどのように表現しようとしたのだろう?」ということに対する興味です。思考や発想についてはもちろんのこと、技術面についても言えることでしょう。


 おそらく殆どの音楽家は、自分がひたすら練習しまくるのではなく、他人の音楽も聴いて研究することには余念が無いことと思います。どうも巷では「1日休むと3日鈍る!」などと脅してルーティンと化した練習を生徒にやらせたりする人もあるようですが、実は他の人がやる音楽を聴きに行くということも非常に大切な取り組みです。

 ざっくりと「他の人がやる音楽を聴く」とは言いましたが、もちろん聴きに行った音楽が必ずしも良いものであるとは限りません。最初から最後まで酷いものだったなんてことは珍しいにしても、この演奏はなかなか面白い、この演奏はちょっと退屈、なんていうのもそれぞれ細かくあるでしょう。

 しかし、これは両方とも活かせるものです。どこがどのように面白かったのか、どこがどのようにつまらなかったのか。どちらも参考にすればよいと思うのです。


 この人の演奏は面白いな、ではどこが面白いのだろう、その要因は何なのだろう?

 この人の演奏はつまらないな、ではどこがつまらないのだろう、その原因は何だろう?

 こうやって考えながら、良いところは自分の中に消化していけばいいし、悪いところはそうならないようにしようと心に留めておくこともできます。結局のところ、他人の音楽を聴くということ自体が自分の音楽を発展させることに繋がり得るのです。




 これは音楽に限った話でもないでしょう。


 先日も書いたように、今僕は布マスクを自作しています。ミシンを10年ぶりくらいに使って。いや、久しぶりだとなかなか上手くいかないもので、しかも立体マスクなんてものも初めて作りましたから、最初に作ったものはどえらく不格好なマスクになりました。マスクとしての役割は果たせるかもしれないけれど、左右で形状のバランスがおかしかったりして、とても見せられたものではありません。


 しかし、このマスクについて、一体どこをどうしたせいでこんな形になってしまったのかということを検証することによって次のマスクをうまく作れるようになるわけです。結局は自分の失敗作ですけれども、実際にはそれだけでなく自作マスクのサイトを巡回したりもしました。上手くできているお手本を参考にする、自分の失敗作のどこが失敗だったのか検証する、というように良かったところ・悪かったところを確認し、次に作るマスクはより整ったものに仕上がるようになります。


 

 身の周りを見ても、何かを試みて上それが成功した例、失敗した例を色々目撃することでしょう。他人が成功した方法をそっくりそのまま自分も試みて成功できるとは限りませんが、参考にできる要素を抽出して採用することはできます。また、他人が失敗した方法についてはその原因を検証することで二の舞になることを避けられます。「こうやったら成功できるな」「こうやったら失敗するな」ということを、自分が直に経験することになる前に情報として知っておけるのですから、これを確認しない手はありません。


 周囲で為された試みに目もくれず、「自分はこうやる」と一つのやり方だけを妄信した場合、運が悪いと事態が修正不可能に陥る場合さえあるわけです。他人の失敗も他人の成功も、広い意味での「他山の石」として活用できるものなのですから、それらに目を向けることを怠ってはならないでしょう。


 …どうも一つの選択肢を妄信しがちになってきた時世ですから尚更、ね。

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