• Satoshi Enomoto

【作曲】混声四部合唱とピアノのための《町田は神奈川》:闇鍋合唱曲を遊び倒せ!


 今年は既に2つの合唱作品を書きました。


♪混声五部合唱とピアノのための《町田は神奈川》

(作詞:榎本智史)


♪合唱付きバス独唱とピアノのための《シン・町田は神奈川》

(作詞:Lutherヒロシ市村 & 伊藤那実)


 …という、「町田は神奈川」ネタを擦るための合唱曲です。


 思えば、今年はサブカル合唱と呼ばれるムーヴメントに関わることが多かった年です。月には作曲家・指揮者である森雄太さんの企画したおふらぼにお招きいただき、齋藤大輝さんやながはなさんといった作曲家の皆様にもお会いして刺激を受け、さらに9月にはコールなみのメンバーとして副次的文化系合唱祭にも参加しました。



 この界隈では、ふざけた歌詞や内容を用いた合唱曲、通称 "闇鍋合唱曲" の創作が盛んに行われています。《町田は神奈川》は僕が書いた初めての闇鍋合唱曲であるということでして、これをもって参入することになったわけです。


 《町田は神奈川》はコールなみで演奏するために書いたため、編成が混声五部合唱とピアノというただでさえ厳ついものであるばかりか、僕はさておき他メンバーはどこまでも歌えてしまうような人たちですから僕も調子に乗って無茶振りを書きまくってしまいました。こうしてオリジナルの《町田は神奈川》はコールなみですら苦労して歌うような合唱曲となったのです。


 しかしこのままではコールなみ以外には歌えないのではないか…という考えは当初から抱いていましたし、やはりメンバーの森さんやLuther先生から「あとで混声四部に再編したら?」という提案もあったので、演奏仕事が一段落している今月に作業を進めた次第であります。



 そんなこんなで、混声四部合唱とピアノのための《町田は神奈川》の楽譜をダウンロードできるようにしました!

 上記の黄色いタイトル文字をクリックしていただけるとGoogleドライブに繋がりますので、そこからPDFのダウンロードをお願いします。


 ただし、題材が題材である上、町田市民のみならず熱海市民や二子玉川在住者もとばっちりを食う内容となっております。僕の権利は一切気にしなくてよいので、公共の福祉には配慮して演奏するということだけは心に留めておいていただけるとありがたいと思います。いや、もう既に定番になりつつあるネタではあるのですが、ひょっとするとこれを不愉快に思う方もいらっしゃるかもしれませんから…


 …というわけで、要点は以上です。以下の広告より後は、この曲に関する仕掛けなどをダラダラと書いていこうと思います。それらを知らなくとも演奏をすることはできますが、音楽に対する興味を拡げたい方はお読みくだされば幸いです。



 

 この曲を書くにあたってまず考えたのは、闇鍋合唱曲とは合唱音楽の中でどのような位置にあるかということです。くだらない歌詞をテキストに持つ声楽作品は、決して現代のサブカルから始まったものではありません。一般にも広く知られる有名な例はモーツァルトのカノン《俺の尻を舐めろ》KV231でしょうか。カノンという形式については《カエルの歌》を思い浮かべていただきましょう。モーツァルトのそれは「俺の尻を舐めろ」という言葉から始まるテキストに付けられた6声のカノンです。ふざけた歌詞ではありつつも、6声が絡み合う部分は圧巻と言ってよいほどの演奏効果をもたらします。恐らくモーツァルトらは遊びで作って仲間たちと歌ったのでしょう。


 しかし、くだらない歌詞の声楽曲の歴史というものはモーツァルトですらも新しい方であると考えられるかもしれません。それこそ遡ろうと思えばキリが無いでしょう。かの時代にさえも、メインカルチャーに対するサブカルチャーの位置にあるものがあったはずなのです。せっかくそのような方向に踏み込むのだから、むしろ数百年単位の大先輩たちへのリスペクト要素を入れたいと思いました。


 そこで着目したのがルネサンス時代のフロットラ、シャンソン、ビリャンシーコといった世俗の音楽でした。特にたまたま手元にあったジョスカンとセルミジ。ルネサンスの宗教音楽は専らポリフォニーでしたが、世俗音楽ではホモフォニックなものも好まれたそうです。冒頭に出てくる動機でドッペルドミナント→ドミナントをしつこく鳴らしたのは、個人的にはジョスカンとセルミジのホモフォニーへのオマージュでした。また歌い出しがそのままタイトルになることと絡めて、《町田は神奈川》の歌い出しは「町田は神奈川」で始めようと最初に決めました。楽譜にも表記した通り、この曲を出オチにすることは非常に大きなこだわりであったことを告白します。


 

 今回闇鍋合唱曲を書いたのは、直接的にはコールなみとしての副次的文化系合唱祭での当初計画した演奏時間が短く、新作の作曲という役割が僕に回ってきたからでしたが、実はその前から闇鍋合唱曲を書こうという意志は起こっていました。何を隠そう、おふらぼにおいて齋藤大輝さんとながはなさんの音楽を聴いて刺激を受けたことが要因です。齋藤さんからの影響は複数のaugコードに、ながはなさんからの影響は並行5度や並行7度の許容に反映されることとなりました。


 ところで、僕が初めて知ったながはなさんの闇鍋合唱曲は《寝過ごし熱海の歌》でした。その寝過ごしエピソードもおふらぼの時に聞くことになったわけですが、その寝過ごした日付は6月29日だそうです。なんと奇妙な偶然にも、それは僕の誕生日でもあります。「寝過ごし熱海」という言葉を曲中に入れるアイデアが湧きまして、ながはなさんにその旨を伝えたところ、すぐにご快諾いただきました。かくして、町田侵略のついでに熱海侵略も行われることになったのであります。もちろん単純に言葉を入れるのではなく、「意識が遠退いて寝落ちるような ritardando」と「寝過ごしに気付いて飛び起きるような a tempo」というギミックを仕組んで遊ぶことは忘れずに。


 

 「町田は神奈川」「熱海は神奈川」まで、ほぼ有節歌曲のように決まったパターンで進んできてしまったところで、どうしても変化が欲しいと思いました。そこで考えたのが、頭のメロディの間にシュプレヒシュティンメを挟んで割るという方法でした。歌と語りの中間の唱法と表現されるシュプレヒシュティンメによって、陽気な狂気に乗って進むこの音楽が一瞬だけ正気に戻りかけるように演出したのです。「(それは)玉川…?」とシュプレヒシュティンメ・ソロが抱いた疑問を「神奈川!」と叩き潰して合唱は先に進むのです。これがプロパガンダです。


 

 最後は音楽の減速・加速に合わせて下方・上方への転調を重ねました。テープをスロー再生すると音高は低く、早送りすると音高は高くなるでしょう。それを人力でやっているように見えたら面白く映るかもしれません。「可能な限りの加速」とは書きましたが、口も回らないでしょうし、ピアノも物理的にそこまで速くは弾けないでしょうから、テンポの速さというよりは、演奏者が死に物狂いにトランス状態になっていくような「神奈川! 神奈川!」の連呼を目指せばよいのではないかと思います。聴き手への洗脳はそのようにして完成するでしょう。


 

 実のところ、単純に可笑しくふざけるというのはあまり僕自身の性に合うものではありません。加えて、外から闇鍋合唱曲が「単純にふざけているだけの合唱曲」と見做されるのも良くないと思うのです。しかし、だからと言って故意に真面目な顔をした勉強臭い音楽を書くのもまた違うと思いました。


 そのように考えた僕が書いたのが、この「ふざけて歌おうとしたら自動的に様々なものを得させられることになる曲」です。タイトルと歌詞はふざけていても、実際に歌うとなったらかなり厄介な部類の曲でしょう。いくつもの馴染みの無い課題にぶち当たる羽目になることは容易に想像されます。


 七転八倒して遊び疲れたその先に、新しい音楽の景色が見えるとしたら…それはそれで愉快なことではありませんか?



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