• Satoshi Enomoto

【名曲紹介・番外編】民謡《愛しのアウグスティン》



 《愛しのアウグスティン》というオーストリア民謡をご存じでしょうか。タイトルを知らなかったりしても、このあっけらかんとした可愛らしいメロディについてはどこかで聴いた覚えがあることかと思います。


 ところで、この民謡の歌詞はこんなもの。





 …はい、かわいいとか言うよりもペスト(黒死病)の流行で絶望が極まっているような内容です。



 中世においてウィーンという都市が発展し、外国との交通が頻繁になったことで、東方から襲来したペストの流行にウィーンも呑まれる形となりました。最初の大流行は1348年から翌年にかけて、次の大流行は1510年…と、何度も流行ったり収まったりを繰り返したようです。


 時は下って17世紀後半。ウィーンに「リーデルリヒ兄貴」と呼ばれる街の楽師がおりました。彼はバグパイプを抱えて、庶民を苦しめる皇帝や役人などを嘲る諷刺的な歌を歌いながら町外れを歩き回り、人々を喜ばせていました。この人物こそが「アウグスティン」その人であります。


 ペストが流行した時にも、彼はこれを恐れず「皇帝ばかりではない。死神さえもこのわしを捕まえることはできないのだ!」などと豪語していましたが、あろうことか彼自身ではなく彼の恋人がペストの餌食となったのでした。


 さすがにこれにはアウグスティンもショックを受け、酒浸りの日々を送るようになります。そしてある夜のこと、彼は酔っ払って路上で眠ってしまいます。


 当時の路上にはペスト犠牲者が死屍累々でありまして、死体を回収する人が巡回していました。街中に積み上げておくわけにはいきませんから、大きな穴を掘っておいてそこに集めるのです。


 アウグスティン、なんと死んでいると思われて運ばれ、死体を集めた穴の中に投げ込まれてしまいます。しかもそれでなお起きることなく一晩寝通しました。


 夜明け近くになってようやく目を覚ましたアウグスティン。何が起きた!? どうしてこんなところで自分は寝ているんだ!? などと驚きつつも、死体の山を掻き分けて這い上がり、死体運びに発見されて無事に穴から引き上げられました。なお、それでもアウグスティンはペストに罹らなかったといいます。


 この一件から、アウグスティンは陽気さを取り戻し、歌いました。


 ああ、愛しのアウグスティン

 みんな無くなってしまった!


 人の世の無常を悲しみながらも生き延びた不死身のアウグスティン。彼はウィーンの不死身の象徴となり、その歌は民謡となりました。



 クラシックにはこの旋律や題材が採り入れられた作品がいくつか存在します。

 フンメルの《『愛しのアウグスティン』による変奏曲》、ブゾーニの《『愛しのアウグスティン』によるフーガ》、カール劇場の作曲家兼指揮者であったブランドルのオペラ《愛しのアウグスティン》…そして何と言っても、シェーンベルクの《弦楽四重奏曲 第2番》!




 シェーンベルクの《弦楽四重奏曲 第2番》Op.10は、作曲者が調性機能の放棄に踏み切るか踏み切らないかを打ち出した作品として評価されています。そして、作曲者のプライヴェートに視点を向けると、その生涯の中でもトップレベルの精神的危機を抱えながら書かれたものであることがわかります。


 妻マティルデと、友人である画家ゲルストルの不倫事件。これが明るみになったのは1908年の夏ですが、シェーンベルクは前年の秋の時点でそのことは察していたようです。その時期のスケッチにはこの《愛しのアウグスティン》の旋律が記されており、この旋律を組み込んだ《弦楽四重奏曲第2番》の第2楽章が完成したのは1908年7月27日…ヴェーベルンの仲介によって、マティルデがゲルストルのところから戻ってきた日でした。


 ああ、愛しのアウグスティン、みんな無くなってしまった!


 シェーンベルクはこの弦楽四重奏曲の終楽章において調号を捨て去りました。実はこの時期には自殺未遂も起こしているようですが、ここでシェーンベルクは生き延び、新しい音楽に踏み出していくこととなります。それが “みんな無くなってしまった” シェーンベルクが選んだものでした。



 きっと此度の新型コロナ禍から直接的にでも間接的にでも影響を受けて“無くなって”しまうものは多いことでしょう。大切なものが可能な限り失われずに済むのであればそれに越したことはないのでしょうが、やはりそろそろ「みんな無くなってしまった」ところから始めることを覚悟せねばならないかもしれません。


 今まで通りの生活だの社会だの価値観だのに拘泥するのはそろそろ諦める頃合いでしょう。何かと理由を付けてできないやらないでは、環境の変化に淘汰される末路です。僕らはアウグスティンのように不死身ではありませんけれど、どうにかして生き延びることができれば、新しいところで何かを始められるちっぽけな希望は無くなりませんから。

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