榎本智史ピアノソロ・コンサート
『重ねる音楽 ─ 重なる音楽』
2021年12月18日(土)
14:30開場 15:00開演
(休憩あり、16:20頃終演予定)
会場:空音舎
京浜急行「雑色」駅より徒歩5分
全席自由2,000円
定員20名 要予約
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または virtuoso3104@gmail.com より
【プログラム】
ベートーヴェン
《全長調にわたる2つの前奏曲》Op.39より、第2曲
フィッシャー
《アリアドネ・ムジカ》より、
前奏曲とフーガ 第6番
モーツァルト
《前奏曲とフーガ》KV 394
リスト
《R.W. ─ ヴェネツィア》S.201
ハウアー
《7つのピアノ小品》Op.3
シェーンベルク
《6つのピアノ小品》Op.19
フランク
《前奏曲、フーガと変奏曲》Op.18
昨年末にも空音舎でソロ企画を行いまして、その時はコロナ禍で演奏機会を逃した作品を近代音楽特集という形で弾かせていただきましたが、今回はもっと幅を拡げた内容をご用意しました。曲数は増えていますけれども、一作品ごとの演奏時間は長いものでも10分程度ですので、見た目ほど重いプログラムではないと思います。
思考や感情表現などということもあるとは思いますが、音楽というものは具体的に言ってしまえば、音同士によって形成された連関であると認識しています。音がどのように連なるか、どのように重なるかを、音楽史上の人間たちは考えて工夫を加えてきたはずなのです。そしてそれが重なり、現在の僕たちが耳にする音楽の蓄積となっているのでしょう。重ねることによって重なってきた音楽が今ここにあるということです。
今回のプログラムを一見すると、時代も様式もバラバラの作品が並べられていると感じるかもしれません。そこに繋がりや重なりは想像しにくいと思われるかもしれません。
しかし、実は『重ねる』というテーマはきちんと貫いて組んでいるつもりです。旋律を重ね、形式を重ね、和音の移り変わりを重ね、歴史を重ね…バラバラに見えたものが、すべて繋がっていくような、伏線を張っては回収するような展開を目指したいと思います。
ざっくり楽曲解説。去年のプログラムも大概でしたが、今回は変な曲が増量しているというのが正直なところです。まともなのはフランクくらいではなかろうか…(笑) 当日も解説(と言えるかどうかは保証できないMC)を挟みますので、この長ったらしい文章は「ふーん、そういう人がそういう曲を書いていたのね」くらいに軽く読んでいただければ嬉しいです。
ベートーヴェン(Ludwig van Beethoven, 1770-1827)の名前を知らない方は殆どいらっしゃらないでしょうが、《全長調にわたる2つの前奏曲》Op.39を知っている方はなかなか稀かもしれません。ベートーヴェンが19歳の時に書いたオルガンまたはピアノのための対位法的な作品でして、実はOp番号の与えられた作品(だいたい作曲順ではなく出版順)の中では最も古い作品です。2曲ともC-Durから始まり、転調を重ねることによって全長調を巡って戻ってきます。今回は2曲のうち、基本となる動機が印象的な第2曲を演奏します。
フィッシャー(Johann Caspar Ferdinand Fischer, 1656-1746)という作曲家の名前を知っている人はかなり限られるかもしれません。バロック時代のドイツの作曲家でありまして、バーデン辺境伯の宮廷楽長の地位にありました。鍵盤楽器奏者ならば名前を聞いたことくらいはあるでしょうか。冒頭に前奏曲を付けた組曲の最古の例の一つを書いた作曲家でもあります。そんなフィッシャーの最も注目すべき作品は《アリアドネ・ムジカ》でしょうか。この曲集は20曲の前奏曲とフーガと5曲のリチェルカーレから成ります。特にその前奏曲とフーガは、24調から嬰ハ長調、変ホ短調、嬰ヘ長調、変イ長調、変ロ短調を除いた調が並んでおりまして、お察しの通り24調の前奏曲とフーガから成るJ.S.バッハの《平均律クラヴィーア曲集》の先駆に位置する作品であります。え? 24調から5調引いたら19調だって? そう、実は19の長調・短調の他に1曲だけ、ホ・フリギア調の前奏曲とフーガがありまして、今回弾く第6番はまさにそれなのです。フリギア調の前奏曲とフーガをお楽しみください。
そこにモーツァルト(Wolfgang Amadeus Mozart, 1756-1791)の作品を続けるわけですが、これもやや奇妙に感じられる作品かもしれません。《前奏曲とフーガ》あるいは《幻想曲とフーガ》などと呼ばれる作品です。この組み合わせはバッハ以後にも存在するのでありまして、しかも演奏時間は10分近いという、同じような形式で規模が大きくなってきたことを感じられるでしょう。どうやらバッハやヘンデルの作品も勉強した上で書かれたようですが、単なる真似に留まらず、モーツァルトなりの工夫も加えられています。そういう腰を据えたような曲も書けるのね…などという彼の新たな一面が見えるかもしれません。
リスト(Franz Liszt, 1811-1886)と言えば、真っ先に出てくるイメージは《超絶技巧練習曲集》のような華麗なものでしょう。しかしそのあたりは他のピアニストたちがこぞって弾いてくれるので、わざわざ僕が弾く必要は無いと判断しています。今回取り上げるのは《R.W. ─ ヴェネツィア》という不思議な作品です。書かれたのは1883年…この年号が、タイトルにある「R.W.」の意味を明らかにするカギであります。そして音楽の内容にも「R.W.」が関わってきます。一体何なんだ、「R.W.」…!
シェーンベルク(Arnold Schönberg, 1874-1951)とハウアー(Josef Matthias Hauer, 1883-1959)は同じ時代に活動し接触の機会があった二人であり、それぞれに12音による作曲法を考案しましたが、どちらが先に考案したかということや目指す理念の違いによって決裂しました。
シェーンベルクの《6つのピアノ小品》は、一曲あたり平均12小節という切り詰められた尺の中に常に新しい楽想が出現し、同じ音楽が繰り返されないという変幻的な作品です。シェーンベルクは、モーツァルトやベートーヴェン、さらには先述の「R.W.」などから影響を受けて先進的な音楽を模索しました。調性的機能が停止してしまった和声法に代わってシェーンベルクが駆使したのが対位法であったということにも意識を向けると、前半のプログラムからの繋がりも掴んでいただけるかもしれません。
そんなシェーンベルクの《6つのピアノ小品》が発表された2年後に、ハウアーの《7つのピアノ小品》は発表されたのでした。まだこの時期には二人の交流は無かったはずですが、短い曲が連ねられているという構成は非常に似た方向性の音楽となっています。それでいてなお、シェーンベルクの音使いとは異なる様相も呈していますので、二人の類似点あるいは相違点がどこにあるのかを感じていただきたいと思います。この二つの作品を並べて聴いて、似ていると感じるも良し、異なっていると感じるも良しです。
プログラムの最後にはフランク(César Franck, 1822-1890)の《前奏曲、フーガと変奏曲》を配置しました。フランクがどんな音楽から何を受け継いだのか、ここまで読むとなんとなくでも察しがつくのではないでしょうか。しかし、実際に聴いていただいた方がさらに聴こえてくるものがあると思います。11月21日のコンサートではルネサンスのオルガニスト、スウェーリンクの作品と組み合わせましたが、それとはまた異なった聴こえ方がするかもしれません。ここまでの1時間ほどのプログラムを旅してきた最後に聴くフランクが一体どのように響くかを、その耳で聴いていただきたいです。
僕たちは現在進行形で歴史を重ねているのでしょう。確かにクラシック音楽は過去に作られた音楽です。それを現代の歴史の先に重ねようとする意義はどこにあるのか、あるいはどのように重ねようとすれば意義を持つのかということを度々考えます。
作曲家たちも、どのように音楽を重ねようかということを考えて音楽を生み出していったはずであると想像します。そこから全てが過ぎ去った地点、つまり現代の目線からそれらを "重ね直す" という試みこそが今回の表向きのコンセプトです。裏向きのコンセプトは当日お話しします。
11月下旬現在で新型コロナウイルス新規感染者数は落ち着いていますが、対策は続けたいと思います。会場内ではマスクを着用し、体調の悪い方は入場をご遠慮ください。定員は去年の10名から20名へと増えましたが、閑古鳥が鳴くような内容の企画なのでソーシャルディスタンスが自然発生することが予想されます、ご安心ください。なお、入場料とは別の投げ銭も歓迎しております。
ちなみに、昨年のものとは異なり、今回は全曲録画配信は考えていません。遠隔地の方々は申し訳ありません。良い品質で配信をしようと思ったらいとも簡単に足が出るのです。完全に個人の企画なので、昨年のような文化庁の補助金も受けられませんし、むしろ昨年補助金が貰えるうちにやっておくんだったと思っているくらいです。
長くなりました。ここまで読んでくださってありがとうございます。ご予約は当サイトのCONTACTページからどうぞ。皆様のご来場をお待ちしております。
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