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  • 執筆者の写真Satoshi Enomoto

【雑記】魅力を伝えるために、まずは自分が味わうこと

 Twitterで知り合って以来、お世話になっているピアニストの内藤晃さん。各地でレッスンをなさっていますが、とても良いことをレッスンで言っていたとTwitterで知りまして、ちょっとそのことについて賛同の意を書かせていただきたいと思う次第であります。


 音楽作品はそれぞれに魅力を持っているものです。それを聴き手に伝えたいということ自体は演奏者の本分として、まずは納得いただけることと思います。そして、自分が聴き手の側に立った時には、理屈じみたことが理解できなくとも、なんとなくでも「この音楽のここがいいな」と感じる…という経験もまた持っていると想像します。


 ここからが演奏者側の裏話(?)なのですが、聴き手がなんとなく「いいなぁ」と思うところはかなりの割合で演奏者が仕組んでいるものと言って良いかもしれません。"仕組む" という言葉はイメージが若干悪いですが、演奏者はその音楽の「いいなぁ」と思わせるポイントを、"なんとなく" どころではない程度で把握しているものです。もちろん "なんとなく" というレーダー的な感覚も駆使してはいるのですが、楽曲分析などの理屈も駆使して「いいなぁ」を徹底的に補強し、最初に自分がその音楽の魅力を納得するのです。


 

 たまに「聴き手に音楽の魅力を伝えるためには自分自身が楽しんではイカン!」という主張を色々な方向から聞くことがあります。恐らくこの主張を支持する方も少なくはないでしょう。それも「作曲家の意思を尊重して」「楽譜通りに」「自分を出すな」という御旗と共に、です。演奏者自身が音楽を楽しんでいることが、まるで音楽に対して不真面目であるかのように見えるのでしょう。それぞれに考え方はあってよいとは思いますが。


 しかし、僕としてはC.P.E.バッハの「演奏者が音楽に対して感じていることに聴き手を共感させる(※エクストリーム要約)」という考えの方が、総じて幸福度は高そうだなと思いますし、他人の作品であっても他人事のように捉えすぎなくて良いのではないかと思うわけであります。これは即座に「ぼくのかんがえたさいきょうのおんがくかいしゃく」と結び付くものではありません。何の裏付けも無く何でもやっていいというのではなく、ありったけの音楽的知識を駆使して裏付け、しかも演奏者自身がそのように味わっている音楽表現であるならば、それは軽はずみな "自己表現" ではなく、作品への敬意と自身の表現意思を兼ね備えた "自発表現" と呼んでよいものであると思います。


 

 理想を言うのは容易いですが、実際の取り組みは地味かつ地道であります。それこそ作品ごとに備えている魅力は異なるわけですから、何でもかんでも大きく一般化して適用できるわけではないことは明白ですし、「この和声進行は必ずこんな心情を表しています」などするのは流石に理屈の捉え方が良くないと思います。恐らく理屈を良く思わない方々の念頭にはこのイメージがあるのではないかと想像します。


 楽譜を読むだけでも、どのような様式で、どのような形式で、どのような和声で、どのような構造で書かれているかなどは読み取れるでしょう。しかしそれだけでは不完全だと言わざるを得ません。その作品の作曲家がどのような時代に生き、どのような音楽を学び、どのような美学を持ち、どのような経過を経てその作品を書いたのかということまで知って見えてくるものもあるのです。これらは五線譜からだけでは読み取れないでしょう。「そんな情報は聴き手には伝わらないでしょう?」と思うかもしれません。確かに演奏そのものだけで西洋音楽史の具体的な知識などは伝わりませんが、演奏者自身の音楽に対する考えや味わいの深まりは伝わるはずです。


 音楽に限らない話でもあると思います。「ここのカフェのパンケーキが美味しい」と言うためにはまずは自分が食べに行かねばならないわけです。さすがにカフェの歴史やパンケーキの調理法を細かく調べろとまでは言いませんけれども(調べたら調べたで別の世界が見えるのかもしれないし、より詳しく紹介できるのかもしれないけれど)、「ここのカフェのパンケーキが美味しいらしいよ、ネットに書いてあった」と言う場合とは説得力が断然違ってくるわけです。お前は食ってないんかい!ということです。


 

 別に客観的資料を集めて証拠を提示する演奏をしろということではありません。自身の演奏する作品の魅力をあらゆる手段で掘り下げて味わい尽くせということです。聴き手に「この音楽は素敵だよ」と示したいならば、どこがどのように素敵なのかを自分自身が知らなければなりません。そのために、多くの音楽を深く味わい楽しみ、それを徹底的に納得することが大切でしょう。

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