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  • 執筆者の写真Satoshi Enomoto

【雑記】「バイエル使いますか?」:教材の目的・ねらい


 先日、とある伴奏のお仕事を引き受け、その場所が陸の孤島のような地域だったために依頼者様に車で送迎をしていただきました。その道中での雑談の中で出てきたのが、タイトルにある通りの質問です。


 僕の生徒というわけではないのですが、依頼者様のお子さんがピアノを現在独学しているそうです。なんでも、以前ついていた先生の方針に疑問を感じたのだとか。まあ名前も聞きませんでしたし、その批判をしようという話でもなく、日々の練習に関することを僕の考える範囲内で答えていただけのことでした。


 そこで出た話の一つが、「榎本さんはピアノの学習のためにバイエル教本を使いますか?」というものでした。本格的な相談というわけではなく、単に興味としての質問だったと思います。


 恐らくこのブログでも過去の記事で少しは言及しましたし、SNSでは定期的に話題に上がっては意見を書いているはずですが、改めて書くと僕個人は「バイエルは使わない」という立場です。


 別に流派がどうこうという話ではありません。僕も自分がピアノを学習した時にはバイエルに触れなかったのですが、それもまた「先生がバイエルを弾かせない方針だった」というわけではなく、本当にただの偶然にそうなったというだけの事実であると思います。



 

 そもそもバイエルがどうのという以上に、ピアノ演奏の習得のために選定されるいかなる教材においても、まずその教材を用いる目的・ねらいが指導者の中で設定されているべきであると考えます。


 「この教材に取り組むことによってどのような事柄が学習されるか?」という視点であると考えていただきたいです。指の連動、手のポジション、声部の整理、和声進行の認識、楽曲構成の分析…他にも色々あるでしょう。それらのうちの、何を叶えるためにその教材を扱うのかという観点で教材は選定されるべきであると考えます。


 そのような観点において、僕にとってのバイエルの優先順位は低いものとなっています。バイエルで学べる技術的な事柄はほぼ他の教本でも学べるでしょうから、わざわざ手をつける意義は薄い…ましてや、バイエルの膨大な曲数を片っ端から全部やらせるといったような一昔前の取り組ませ方に合理的理由は無いと、個人的には考えています。


 余談ながら、音楽史的なバイエルの立ち位置などはなかなかそれなりに面白いものであったりもするのですが、それは教本ではないバイエルの作品を知ってからでないと実感はできないのではないかとも考えます。


 声楽や他の楽器の習得のための教材やその取り組み方に関して僕は詳しくないので言及を控えます。しかし、ピアノの学習に関してはどうも、特定の教材がその取り組み順序まで込みで進路として固定化されてしまっている印象を感じます。これをやったら次はこれ、といった具合ですね。


 昔に比べれば今は選択肢も柔軟化しているのでしょうが、上の世代で行われたやり方がなお根強く残っているのもまた事実です。ピアノ特有のものなのか音楽学習全体のものなのかはわかりませんが、「自分が習ってきたことをそのままその通りに教える」という姿勢が要因になっていると考えられます。自分がかつて習ったことだとしても、今一度自分の手元で見直し研究してみるということは重要だと思うのですが。


 

 今回はたまたまバイエルが話題に挙がったのでバイエルに言及しましたが、似たようなことはチェルニーやバッハ、あるいはその他の教材についても言えるでしょう。すっかり固定化された"すごろく式"の取り組みを当然のものと考えてしまっているピアノ学習を見直すことは、今後確かに意味を持つと思います。

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