• Satoshi Enomoto

【ソルフェージュ・雑記】メトロノームで訓練はできない説

(ここ数日、「拍」というものは一体何なのかということに考えを巡らせつつも、言語化どころか概念についてさえ説明をつけられずにおります。今回書こうと思っている話は、「拍」が刻まれるものであるという一般的に広く信じられているであろう前提に立った上での考えであり、また主観を多く含みますので鵜呑みにせず読んでいただきたいと思います。)


 よくある光景でしょうが、演奏の練習をしていてリズム感の悪さが問題になるという経験を誰しも味わったことがあると思います。自身がリズムに乗れないというものばかりではなく、指導している生徒がリズムに問題を抱えていることもあるでしょう。僕も元来あまりリズム感の良い人間というわけではなく、これが長らく悩みの種でありました。


 ここで慣例的に“伝家の宝刀”が登場するのが大抵のケースでしょう。メトロノーム、一定間隔で打音を鳴らしてくれるあの機械のことです。そしてこれまた慣例的に指導者は言います…「メトロノームに合わせて演奏してみましょう!」と。


 これが義務教育の中でも結構浸透しているのか、僕が高校の非常勤講師をやっていた時にも「(アンサンブルの授業で)みんなのリズムが合わないのでメトロノームを使いたいです!」という生徒は少なくありませんでした。僕は意地の悪い人間ですので、どうなるかを知りつつも一旦はメトロノームを貸し出し、むしろ演奏が滅茶苦茶になるということを体験させてからネタばらしをしてちゃんと教えていたわけですけれども。


 多くの人が「メトロノームが解決してくれる!」説を信じて疑わないところ、非常に申し上げにくいことなのですが、“メトロノームの打音に合わせて演奏する” ということは、むしろ既にリズムに乗れているからこそ可能である芸当なのです。リズムに乗れていない問題をメトロノームは解決しないばかりか、順番が逆であるとさえ言ってもよいのではないかと考えています。リモートアンサンブルや多重録音を経験して実感した人も少なくないのではないでしょうか。


 少し考えてみると、メトロノームの打音を “聴き” 、それに “合わせて” 演奏することが非常に困難であることに気付けるでしょう。メトロノームの打音を聴いてから音を出したのでは、音はメトロノームの打音とは合わないのです。音がメトロノームの打音に合うためには、メトロノームの打音が鳴る瞬間をそれ以前に把握していなければなりません。結局は自分の中にある拍感に従うことになるのであり、それが無い状態でメトロノームなど使ってもただただ混乱するだけなのです。


 やはり根本的には、きちんとソルフェージュに取り組むことこそが、リズム問題解決への正攻法であると思われます…と書いてしまうと、これまた多くの人はリズムパターンを叩く練習を想像しがちではないでしょうか。タンタタ、タタタン、タタータ、などというリズムパターンを言葉(単語)のリズムに当てはめて教えたりという活動も行われたりしますね。


 しかし、もっと原始的な練習があります。それは「一定に拍をカウントする」というものです。手を叩いてもいいし、足踏みをしてもいいし、口で数を数えてもいいかもしれません。つまるところ、時間に対する定規を形成するのです。それを捉える感覚さえ掴めてしまえば、リズムを捉える手助けにはなるでしょう。硬直的に捉えてしまいかねないという懸念はあるのですが…


 ヒンデミットが書いた、『音楽家の基礎練習』という、基礎どころではない超高難度レベルのソルフェージュ本があります。この本の最初の単元はリズムに関するものなのですが、音符の長さ云々という話の前に、一定間隔で拍を取ることから始まっています。やはり拍を刻みありきで考えてしまっている点には柔軟に考えなければならないとも思いますが、一定間隔に存在する拍を体感として習得することを軽視しなかった点はさすがヒンデミットといったところでしょう。


 手拍子、足踏みといったものはどうしても物理的打音として認識され、後々には拍同士の間隔の伸び縮みといった表現を行うにあたって支障が出ることもあるかもしれません。したがって、できるだけ逆方向の支障が出ないようにしつつも拍感を習得するために有効な方法は、もしかするとやはり口を動かして歌うことにあるのではないかと思うところです。既に存在している旋律を成す音の重心関係やその呼吸を通して拍を体感すること。中でもその拍がより強烈に知覚される場合に、手を叩いたり足踏みをしたりと体ごと使った学習活動になるのでしょう。僕がバルトークや伊福部昭を弾いた時には、足踏みよりさらに進んで踊りの拍感として捉えることによって音楽が填まるようになった体験をしました。


 なにはともあれ、リズム問題の解決の糸口はソルフェージュの見直しであり、メトロノームに頼ることは一般に期待されているほど大きな効果を上げないと思われます。どうにも、指導者は生徒のテンポやリズムが良くない場合に、ソルフェージュに立ち戻る手間を惜しんで「メトロノームに合わせましょう」と言ってしまいがちであり、かつ生徒の方も数をこなしてとにかくひたすら練習すれば改善するであろうと視野を狭めて取り組みがちでしょう。それこそ木こりのジレンマであるわけです。「リズムやテンポを正しく取るのだ!」と一辺倒になるよりも、拍とは何なのか、どのように捉えれば上手くいくのかと慎重に考えながら試行することが、解決への一つのヒントになるのでは…と考えています。

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