このところ、仕事でプッチーニを弾く機会がいつもと比べて多かったように感じます。《ラ・ボエーム》のミミや《トゥーランドット》のリュウなんかは以前から度々伴奏していますが、先日ようやく《つばめ》のマグダの『ドレッタの夢の歌』を弾く機会がありました。
この曲のオケには、ガッツリと平行三和音が書かれています。ドビュッシーやラヴェルなど、印象主義と呼ばれる(恐らく厳密にはこの呼び方は適切でない)作曲家たちが使っているものとして有名な書法です。
プッチーニが《つばめ》を完成したのは1916年のこと。ドビュッシーは最晩年の《ヴァイオリンソナタ》を、ラヴェルは《クープランのトンボー》を書いていた頃です。二人とも古典回帰をしているような時ですね。しかも、プッチーニはそれ以前から平行和音を用いていることも指摘できます。
これらのことは、個人的には非常に気になるポイントであります。20世紀に入ってなおロマン派的な作風で創作を続けていたプッチーニが、一体どこから平行和音の書法を仕入れてきたのかということです。さらにはもっと後の作品では全音音階や複調までも導入しているようで、当時の革新的な音楽に背を向けていたとは到底考えられません。
そしてどうやら、やはりプッチーニは当時の革新的な音楽をきちんと追いかけていたようなのです。なんとシェーンベルクの《月に憑かれたピエロ》までも聴いて絶賛、研究していたという話までありました。そこまで知っているならば、フランス印象主義音楽の平行和音くらい知っているのは全くおかしなことではなかろう…などと勝手に思っているのですが、そこのところ実際はどうなのでしょう。
プッチーニと並んでもう一人、保守派と見なされつつも革新派に興味を持っていたのではないかと僕が目している人物として、ラフマニノフの名前を挙げておきたいと思います。近代ロシアが誇ったコンポーザー・ピアニストですが、同期のスクリャービンが神秘和音を用いて神秘主義思想を体現するような革新的な音楽に突き進んでいった(が、ロシア革命より前に早世した)のに対比され、ラフマニノフは第二次大戦の終結直前までの生涯で、最後の後期ロマン派の一人として活躍しました。
今やラフマニノフはクラシック愛好家の間のみに限らず人気を獲得している作曲家の一人と言ってもよいでしょうが、以前には特定の立ち位置からの「ラフマニノフみたい(=時代遅れのロマン派みたい)」という罵倒語があったほどであります。
実際に彼自身も同時代の他の作曲家たちのように表立って革新的な音楽を問い続けようとしたわけではなかったでしょう。スクリャービンの音楽に関しては追悼公演で(独自解釈で)協奏曲などを弾いたという話もありますが、他の同時代の作曲家たちの作品はあまり弾こうとはしなかったはずです。
しかし、じっくりと曲を観察してみると、当時の先進的な音楽についての知見を得ていたのではないかと考えられる箇所が指摘できます。有名な《前奏曲『鐘』》Op.3-2でさえ、平行和音が存在感を強く放っているでしょう。保続された低音上での偶成和音は彼の特徴と言ってもよいでしょう。
同時代の先進的な音楽への積極的接近は見せなかったと目されるラフマニノフですが、本当にそうだろうか?という考えが度々浮かびます。
例えばロシアを後にしてから書かれた《ピアノ協奏曲第4番》Op.40には、半音階を基礎とする大胆な和声進行が見られます。
またこれは有名な例ですが、《パガニーニの主題による狂詩曲》の第18変奏におけるテーマの変形も、音列技法に類するものとして考えることができるかもしれません。上下反転という言葉で説明されることが多いですが、音符の位置としてのみではなく音程関係も含めてしっかりと反行形になっているのです。
ラフマニノフは盟友スクリャービンの活動は知っていたでしょうし、マーラーの指揮と共演したりもしています。レスピーギは《音の絵》の中から数曲をオーケストラに編曲しています。ラフマニノフが当時のどのような音楽に触れていて、どの作曲家と交流し、どのような影響を受けたのかについては、僕も詳しくは知りません。本人が意識的であったとも限りません。しかし、ラフマニノフが完全に「時代遅れの音楽的保守派」であったかのような認識には疑問が呈されると思います。
あとは、一度は調性の崩壊寸前まで接近したもののあっさりとロマン回帰して若い作曲家たちから不評を買ったR.シュトラウスや、最後の25年以上はすっかり作品を発表できなくなってしまったシベリウスの音楽なども細かく調べてみると何か苦労の痕跡が見つかったりするかもしれません。
いずれにせよ、今回特に言及した "保守派と見なされる" 二人の作曲家、すなわちプッチーニとラフマニノフは、普段想像されているよりも大胆な書法を採っているかもしれない…ということに意識を向けていただけると、少し聴き方が変わってくるのではないかと思います。
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