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  • 執筆者の写真Satoshi Enomoto

【YouTube更新】島崎藤村の詩による《初恋》

更新日:2020年7月6日

 大学生4年生の夏休み、僕はかなりの鬱状態にありました。夏休み直前の前期コンチェルト試験は自分の力不足のせいでラフマニノフ第2番の出来が到底満足のいくものではなかった上にそれまでの練習に根を詰めすぎ、その精神的余裕の無さから同時期には多くの人とも衝突し、さらに夏休み期間中に実施される教員採用試験の模擬授業や実技の準備(ちなみに不合格だった)に追われ、大学院に行くかどうかも定まっていなかったので、ほぼ全く穏やかさを失っていたのでした。今までの人生の中で最も殺伐とした時期だったことは間違いないでしょう。


 そんな中で、ある日どうしても息苦しさに耐えられなくなって、この曲を書くために1日だけ時間を浪費したのでした。実はそれまでに、島崎藤村の詩『初恋』を使って有節歌曲を書きたいという考えはあったのです。やはり教職課程を履修していたこともあって、《赤とんぼ》や《浜辺の歌》、《花》や《花の街》のような曲を自分も書きたいと思っていたのでしょう。一般的な有節歌曲とは異なり、1番~4番のメロディがそれぞれ微妙に異なる曲になったのですが…


 かくして、1日で作曲して1日で投げ出したため、細部が粗いまま一応の作品になってしまったのでした。その後、思い出したように引っ張り出して初演したような記憶があります。既に何度か演奏しているのですが、どうしても演奏の度に細部が気になって、微妙に音を改訂したり元に戻したりしていたという立ち位置の作品です。横浜駅のように常に工事中だったようなものだと考えてください。


 基本的に僕は何かしら捻った曲を作りたい性分です。拗らせていると言えばその通りでしょう。僕の場合、あくまで作曲は実験結果であると捉えていて、何かしらのコンセプトや実験計画を立てて作っているのです。しかしこの《初恋》は、本当にほぼノープランで書かれた作品です。何せ1日だけであまりよく考えずに書いたものですから、捻ったり拗らせたりする暇さえ無かったのです。そのためにむしろ音楽がストレートなものになり、結果オーライで詩の雰囲気にも合ったというのが現実です。


 これまでに《初恋》は、コンサートのアンコール、あるいはオープニング、さらには披露宴の余興でさえも演奏されてきました。非常にありがたいことです。そして今回、一般非公開のコンサートのための二重唱編曲を作ったことを機に、決定稿を作って公開することにしたのでした。


 

 ただ、決定稿といってもその内容は現在の僕の考え方を反映して扱いを柔軟にしようと思います。即ち、


・テンポは必ずしも指定の数値近辺でなくてよい。

・強弱記号やテンポ変動は独自に考えて設定してよい。

・独自の演出を入れてよい。

・ピアノ伴奏にアドリブ指示があるところには自分が相応しいと思うパッセージを必ず入れる。

・編曲許諾は取らなくてよい。

・演奏許諾は取らなくてよい。

・歌のメロディをある程度自由に装飾してよい。


 …ということにします。もはや強弱記号を書くことさえ放棄しました。この曲は作曲者のことは気にせず、自分自身のやり方で歌ってほしいのです。好き勝手歌っていい、と言えば分かりやすいでしょうか。演奏においてはかなり忌避されている言葉でしょう、しかし本当にその意味なのです。


 僕はただメロディと伴奏を書いたにすぎず、それをどのように演奏して音楽を完成させるかどうかは演奏者にかかっているのです。


 時に、「楽譜通りに演奏せよ」という主張を聞くことがあると思います。作曲者の意図を尊重したい、そこに発生する音楽的効果をきちんと実現したい、等といった姿勢は立派でしょう。しかし、その言葉の裏に存在し得る「楽譜に書かれた通りに演奏することこそが “正しい”」という権威主義的発想に対しては、僕は嫌悪を抱きます。それはまた別の意味での責任放棄であります。ならば、演奏者に責任を負わせたいと思います。楽譜通りに歌えば一本調子になるでしょう。音楽の情感を生み出すための工夫は演奏者各自に任せます。


 思い返せば、今までに聴いてきた音楽の全てが楽譜から再現して知ったものばかりではないはずです。いつだかわからない昔から存在する民謡やわらべ歌のオリジナルにはそもそも楽譜さえ存在していないでしょう。それらがコンサート等で演奏される際には、編曲者が自身の意図の元に様々な工夫を凝らすのです。演奏者はそれにただ従うのでなく、音楽に自身の意図を沿える過程を経験すべきであると考えています。


 《初恋》はその実験そのものであります。この何の変哲もない音楽を、どのように料理して演奏できるか。それを考えることによって、演奏者は音楽に責任を背負うことになるのです。そのような精神改革を期待して、僕はこの作品を世に放流するのであります。


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