

【雑記】新年度からのレッスン構想『もういちど学ぶ中学・高校音楽』
僕の扱っている音楽が世間目線でキワモノっぽいからなのかどうかは判らないのですが、僕の活動の中での「レッスン(指導活動)」はどちらかと言うと悪い意味で特殊な状況を呈しています。具体的には、僕のところにレッスンを頼みにくる方はいくつかのパターンに分かれます。 ①とても長く定期的に通ってくれる方(今や榎本の出す課題にも耐性が付いた) ②不定期的にレッスンを受けに来る方(20世紀~21世紀の作品を弾く時だけ助言を求めに来る) ③かなり早い段階で離れる方 ④レッスン前の日程調整段階で何故か音沙汰が消える方(これがまた1件2件どころではない) ④は一体どういうことだよと一応思ってはいるわけですが、まあそうなったものはそうなったので仕方無いのでしょう。概ね「超長く続く」か「短く途切れる」かのどちらかでして、恐らく同世代の「レッスンもする演奏家」の中では結果的にレッスン比重がだいぶ少ないパターンになっていることを自覚しています。 とりあえずレッスンはピアノと和声法を中心にしつつ、合唱団相手にはソルフェージュ、あとは頼まれたら音楽史もレッスンしなくもないですよ
Satoshi Enomoto
5 時間前読了時間: 4分


【雑記】過去の作品や演奏は先行研究であるのだろう
戸塚で活動中のシニア合唱団・コール柏桜の伴奏にここ数年ずっと行っているのですが、そこの指揮者の先生(同じ高校のOBでもある)から100冊ほど古めの楽譜をいただきました。捨てるのは躊躇われると先生が言っていたのを聞いて即決で「じゃあ貰います!」と手を挙げた結果です。 世間の楽譜コレクターには及びませんが、演奏会を企画するにあたって参照したり、実際に演奏したり、あるいは楽曲分析や音楽史のレクチャーに使用したりするために日頃からアンテナを巡らせています。最近は学生時代のように大量に買うことは無くなりましたが、今でもふとした拍子に「昔欲しかったけれど買う機会を逃してしまった作品」の楽譜に出会えたりはします。 手元で図書館・博物館まがいのことをしていたいという思いもあるといえばあると自覚しています。蒐集したこれらの楽譜は「演奏やレッスンのためのツール」であると同時に、先人たちの音楽そのものについての先行研究の結果物であるとも考えています。 僕は基本的には演奏家ですが、時々作曲も行います。古い楽譜の数々を見ると、先人たちがどのように考えてどのような音楽
Satoshi Enomoto
4 日前読了時間: 3分
