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  • 執筆者の写真Satoshi Enomoto

【雑記】ロシア芸術に泥を塗るロシア


 6月に入りました。今月は18日にラフマニノフ + リセンコというプログラムを弾きます。


 このようなプログラムを弾こうと思った理由は色々あります。これまでに「ロシアの音楽」と呼ばれる音楽に興味はあっても「ウクライナの音楽」という音楽を知らず、ほぼ此度のロシアによるウクライナ侵攻を受けて初めて調べて知ったような音楽や作曲家も多かったのでした。大きな「ロシア」では括れない、ウクライナのローカルな音楽を目指した作曲家の代表である…という点が、リセンコを選んだ一つの理由です。


 このプログラムを決めてから起こったことですが、ロシア軍はハルキウ州の文化センターを標的に攻撃を加えました。ウクライナの文化自体の破壊を目的としているのでしょう。ならば、ウクライナの音楽を守るためには音楽を演奏し、それを多くの聴衆の耳に届け、関心を喚起することこそが、音楽ができる、侵攻に対する抵抗・抗議になるであろうと考えます。これもまた理由の一つです。


 そしてウクライナのリセンコの音楽をピックアップしたのと同時に、ラフマニノフの音楽も演奏することにしました。元々大事にしたい作曲家の一人でもありますし、此度の侵攻を理由にロシアを出国した人々の姿が、ロシア革命を理由にロシアを出たラフマニノフの姿に重なったという個人的な思いもあります。


 ラフマニノフが現ウクライナに度々演奏旅行・滞在し、様々な人々と温かい交流をもったことは後で調べて知ったことです。今ロシアが暴虐の限りを尽くしている場所にも、ラフマニノフの足跡が残っていたはずなのです。チャイコフスキーが住んだ家まで破壊したロシア軍ですから、そのようなことなど全く気に留めてなどいないのでしょうけれども。


 

 つい数日前に、とある事案が起こりました。僕はコンサートの宣伝のツールの一つとしてInstagramを不定期に更新しています。今はそれこそ今月のコンサートの宣伝のため、ラフマニノフとリセンコの試聴動画などを上げています。


 ロシアの作曲家の作品の演奏を自粛する動きがあることは知っています。日本だとそこまで強いわけでもないでしょうが、特にヨーロッパでは徹底されているかもしれません。隣国であるポーランドでの話も聞きました。「こんな時にロシアの音楽を演奏するとは何事か!」というクレームがあったとしても驚きはしないでしょう。ラフマニノフがロシアを出ていったこともあって、僕にとってはそれこそ今のロシアと(そしてソ連とも)ラフマニノフの音楽はほぼ関係無いではないか、と思っているくらいなのです。


 そういうわけですから、正直クレームが来ても説得する用意はあるつもりでした。ありがたいことに、そのようなクレームは現時点で0件です。僕の周囲にはそのような考えの人が多いということなのでしょう。


 …危惧すべきはクレームではなかったということを、今回思い知る羽目になったのです。


 Instagramにコメントが届きました。


 僕がロシアの音楽を演奏することに対する、ロシアの侵攻を妄信的に支持している人からの喜びのコメントでした。


 一瞬で沸騰しました。即座にコメントを削除し、相手のアカウントをブロックしました。中の人が妄信的な個人のアカウントであるのか、それともプロパガンダのための捨てアカウントであるのかどうかはわかりません。


 政府の悪行を恨んでも芸術に非は無いと、わざわざ労力を割いてまでそれらを分けようとしました。しかし、ロシアによるウクライナ侵攻の支持者らに、ロシア音楽を演奏することを「ロシア軍を支持してくれている!」などと脳内お花畑同然に受け取られては、ただ不本意であるなどという言葉を通り越して怒りが湧くというものです。


 しかもよりによってラフマニノフです。ラフマニノフは時の政治によって自身の居場所を失い、故郷ロシアから離れざるを得なくなったのです。そのような苦しみを味わったラフマニノフを、事もあろうに隣国に侵攻し残虐な行為を続ける現在のロシア軍とご都合主義的に結び付けようとするという、その姿勢自体がロシアの音楽に対するこの上無い侮辱であるでしょう。


 他にも、ロシアの政治事情によって苦しんだ作曲家は数多いです。中にはロシア帝国、ソ連の支配下にあった現在のロシア周辺国の作曲家たちがそのような目に遭いました。彼らもヨーロッパから絶賛された面白い作曲家たちであるわけですが、そういった人々さえも踏み潰すのがお好きなようで。


 

 折角ロシアの音楽を愛する人が多く存在したとしても、肝心のロシアがそのウクライナ侵攻によって、音楽に繰り返し泥と血を塗り続けているのです。


 既にロシア国内で侵攻を非難した勇気ある人々は政府の手によって逮捕弾圧されてしまいました。国内で政権が倒されることがベストである筈ではありますが、そこに辿り着けるかどうかはわかりません。


 人間の良心が残っているのであれば、どうかロシア軍は即時撤兵し、国民は現在の政権運営者を引き摺り下ろし、この戦争を最も良い形で終らせてほしいと思います。支配欲の奴隷たる一部の人間が起こしたこの馬鹿な戦争をすぐに終らせ、再びロシアの音楽を堂々と演奏できる世界を返してください。


 ロシアの音楽は、ロシアの手によって汚され続けているのです。



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